12.魔術訓練、そして夜の女子会(ひみつのはなし)
使い魔召喚の儀を行ったあの日から、すでに一週間が経過していた。
今はもうお昼。
侍女官がもらえる食事は粗末だったけれど、貧民街で飢えていた頃に比べたら万倍もまし。
だからとても幸せ――なのだけれど。
最近、おかしな視線を感じることが多い。
以前にもこんなことがあったような気がする。
確か、神殿に来たばかりの頃だったかな。
あの頃は本当にあの人たちの相手をするのがめんどくさくて、何度も挫けそうに――ハッ。
「いけないいけない。余計なこと考えちゃダメ」
わたしは今日も元気。
そう自分に言い聞かせるようにした。
「アネット? ちょ~っとでいいですからね? ほんのちょっぴりですよ?」
「わ、わかってますよ」
お昼ご飯を食べ終えたわたしたちは、例によって修練場にきていた。
聖女修行とわたしの魔法実技訓練を行うためだ。
本来であれば聖女になるための魔法訓練や座学などは、他の聖女候補と一緒に行うのが通例となっていたのだけれど、リアだけはこうやって、ひとりで行わなければならない。
他の人たちから疎まれているからという、たったそれだけの理由で。
「ジョアンナ様、行きます!」
わたしは練習用に用意してもらった、腕の長さほどの小さな杖を両手で持ち、前へと突き出す。
教えてもらった最下級の火属性魔術の詠唱に入る。
朗々と一心不乱に呪を唱えながら、身体の中に流れる魔力を練り上げて――いったのだけれど、
「あ……」
「あ……?」
魔力制御に失敗した。
「ちょ……アネット!」
「わわわ……! ごめんなさぁ~~い!」
身体の奥底からわき上がってくる灼熱の息吹を抑えきれず、次の瞬間には杖の先から巨大な火の玉が放出されていた。
勢いよく放たれた業火が、部屋右側の壁に設置されていた的を粉微塵に吹き飛ばしてしまう。
爆音と暴風が一度に発生し、ジョアンナが張ってくれていた結界も、土属性と水属性魔術で作られていた泥人形も跡形もなく消滅してしまった。
「はぁ……まったく。あなたは相変わらず、でたらめですね。どうして最下級の炎弾が上級の火焔弾になってしまうのですか」
わたしの左側で見守ってくれていたジョアンナが、心底呆れたように呟いた。
「し、仕方がないじゃありませんか。想像以上に魔力の制御が難しいんですから。教えてもらったとおりに魔術の形にイメージして魔力を練り上げましたが、どんどん力があふれ返ってきて、抑えられなくなってしまうんですよ」
「まぁ……それはそうでしょうけれどね。訓練して間もないですし、何より、あなたの魔力は特別ですから」
そんなことを言って、ジョアンナが肩をすくめた。
「魔術師協会の方でも、これまでいろいろ研究がなされてきましたが、あなたと魔力の質が似ている大魔女様は、現存する六つの魔力属性だけでなく、失われた幻と時まですべてを兼ね備えていたと言われるくらいの化け物級ですからね。ですから、そんな方とそっくりなあなたが、うまくできないのも当然ではありますが」
「そ、そうですね」
よくわからないけれど、どうやら古の大魔女様とはそういう人らしい。
ジョアンナの話によると、普通の人は自分が持つ属性以外の魔術を使おうとすると、かなり威力が落ちたり人によってはまったく使えなかったりするそうだ。
だけれど、エルシーリア様はすべての属性――火、水、土、風、光、闇、幻、時の八種類を破壊神並みに行使できたとのこと。
魔力量も常人とは桁違いで、まさしく魔女というよりかは邪神みたいな人だった。
「はぁ……まぁいいでしょう。アネットはまだ幼いですし、練習し始めて一週間しか経っていませんからね。本来であればこれだけの短時間で座学や魔力錬成、そして火属性の初級魔法まである程度使えるようになってしまったことの方が奇跡に近いですし」
「……はい」
「わたくしも少し急ぎすぎたのかもしれませんね」
そう言って、最後には苦笑した。
どうやら、これ以上のお叱りはなく、現時点での及第点はもらえたということらしい。
よかったよかった。
わたしはほっと胸をなで下ろした。
経験も浅く、まったく未知の領域だから、魔術は本当に難しかったけれど、それでも何度も練習し続けていけば、きっとうまくなる。
ジョアンナではないけれど、わたしはそう信じることにした。
そして、いつか見たあの花火魔術のようなものを華麗に、そして派手に空へと花開かせてみたい。
新たな目標を打ち立て、わたしはひとり、胸を熱くしながら微笑んだ。
師匠との間にちょっとした和やかな雰囲気が生まれる。
いい時間。
しかし、そんな憩いのひとときをまるでぶち壊すかのように、トラブルメーカーさんがやってきた。
「にしし。アネットはホントにお利口さんなのです。お勉強がんばって、えらいえらい」
それまでヴィーの背中に乗ってゴロゴロしながら遊んでいただけだったリアが、突然、巨狼の背に跨がったまま近寄ってきて、わたしの頭をなでてきた。
ていうか、ねぇ、ちょっと、何してるの?
にこにこしながら脳天気に人の頭なでてるけど、ただでさえ訓練おサボりしてるのに、そのうえそんなことしたら……。
けれど、すべては遅かった
「オル=レーリア……」
ジョアンナの雰囲気が一変した。
彼女の周りだけ、空気が凍てつき始める。
「あなたも遊んでないで、アネットを見習いしっかり修練に励みなさい。聖女候補としてあるべき姿勢を示してもらわなければ困ります。ただでさえ、他の候補生たちからは疎まれているのです。このままではどんどん、立場が悪くなってしまいますよ?」
切れ長の瞳を細めながら、そう告げる彼女。
しかしリアは、どこ吹く風といった感じで、まるで意に介さなかった。
「だいじょぶ。リア、立場気にしないから。好きでここに来たわけじゃない。リアを拾ってくれた大聖女様が連れてきただけ」
そう言って笑顔を消し、小首を傾げる。
ジョアンナは、そんな彼女に呆れたような、困ったような、よくわからない顔を浮かべた。
「はぁ……本当に、あなたという人は。どうしてこう、いつもいつも奔放な振る舞いばかりなのでしょうか。あなたが優秀であり、すでに教えることがないのも事実ではありますが――ですが、それとこれとでは話は別です。すべて覚えているからといって、修練を怠っていい理由にはなりません」
そう言って、ギロリと見つめる――ていうか、こわっ……。
このお姉さん、こうなると本当に手厳しい教師って感じになっちゃうから、威圧感半端ないのよね……。しかも、お説教入ると長いし。
でもまぁ、なんとなく気持ちはわかる。うん。
わたしもリアが頭いいってことくらいは知っているし、興味あると知らない間に勝手にいろいろ覚えてしまうってこともなんとなく理解しているけれど。
でも、だからといって、技を磨かずおサボりしたらダメだよね。
そんなことしたら、怒られるのは当たり前だし。本当に困った子。
わたしはそう思いながらも軽く溜息をつき、恐る恐る様子を窺っていたのだけれど、
「はぁ……まぁいいでしょう。ともかくです。今日の修練はここまでにしておきましょう。このあとは部屋に戻って、座学や礼儀作法のお勉強です」
あ、あれ? なんだかよくわからないけど、珍しくお説教タイムが早く終わった?
い、いいのかな、これで?
ま、まぁ、そういうことにしておこう。
わたしは触らぬ神になんとやらと言わんばかりに、元気よく「はい」と返事した。
対してリアはぶ~ぶ~不満そうに文句を言っていたけれど、結局、この日の実技訓練はそのまま終了となった。
修練場を出たわたしたちは、お互い笑いながら、リアの居室がある聖女殿へと向かっていたのだけれど、
「ん?」
そのとき、わたしはおかしな視線を感じてそちらを見た。
右手の向こう側――本殿の陰からこちらを見ているひとりの男性と目が合った。
微かに口元を綻ばせていたその人は――いつだったか、この近くで掃除をしていたとき、わたしに絡んできた男性神官だった。
――その日の夜、午後十時頃。
わたしはリアの居室で本日最後のお勤めをしていた。
「リア、明日は大切な儀式がふたつあるから、早めに寝てくださいね」
薄暗い室内に灯されたろうそくの灯りが、仄かに揺らめいている。
すでに眠そうにしていたリアは、大きな寝台の中。
ふかふかの布団をかけてあげながら、わたしはさらに念を押す。
「いいですか? もう一度言います。午前の儀式はこの町にとって本当に大切な神事です。早く起きられるようにしてくださいね?」
「わかってる。でも、このままじゃ眠れない。何かお話して」
「お話ですか?」
「そ。ぐっすり眠るのに、アネットのお話必要。リアが寝るまで、側で話す」
そんなことを言いながら、半目の状態でにこっと笑う。
もう。
相変わらずなんだから。
だけれど、よくよく考えてみたら、リアってまだ十歳だものね。
本当なら、もっと親に甘えたいって思っててもおかしくない年頃だし。
わたしは胸の奥がじんわりとうずくのを感じながらも、ベッドの左側に腰かけた。
「なんの話がいいかなぁ?」
やっぱり童話だよね?
向こうのお話してあげたら喜ぶかな?
でも、あんまり覚えてないからなぁ。
いろいろ考えてみたけれど――でも、うん。やっぱりこれだよね。
何を話すか決めたわたしは、布団の上から優しくリアの身体に右手を添え、話し始めた。
「――こことは違う世界でのお話。食べるものにも困っていた、ひとりの小さな女の子がいました。ある日、その女の子はひとりの少女と知り合いました。彼女は言いました。『あなたに夢のような世界を見せてあげる』と」
リアは目を瞑って、すやすやと静かな息を吐きながら聞いてくれている。
「――笑いながら話しかけてくれる少女を、女の子は不思議そうに見つめました。すると、彼女は持っていた杖を一回転させました。女の子は驚きました。いきなり目の前に光り輝く扉が現れたのですから」
布団の中にいるお姫様の様子は変わらない。わたしは続けた。
「――キラキラした不思議な扉。それを見て、ただ驚くことしかできなかった女の子に、少女は言いました。『さぁ、ついてきて』と。誘われるままに扉を潜った女の子は、そこに広がっていた新しい世界に、胸がいっぱいになりました。憧れていた世界を見て、心から笑いました。見たこともない動植物。とても綺麗で大きな建物。本当にそこは、夢のような世界だったのです――」
囁くように話してあげると、リアの吐息がどんどん穏やかになっていった。
もうほとんど聞こえないくらい小さい。
寝ちゃったかな?
そんなことを考えていたら、
「ほんとに……夢みたい……」
眠り姫がぼそっと、寝言のような声を漏らした。
「リア、アネットの夢……見た……誰かが出てきて……言われた。アネットって……かわいい子と会えるから……助けてあげて……て」
「え?」
なんの話?
寝言なのか、それとも睡魔をこらえて必死に話しかけてくれているのか、まったく読み取れなかった。
「その人……言われた……きっと、素敵なお友達……なってくれるから……って……」
彼女はそこまで呟いて、愛らしく笑った。
「よく……わからなかった……けど……でも、ほんとに会えた……見ただけで、仲良くなれる……わかった……だから……リア、嬉しかった……初めてお友達……できた……」
彼女はそこまで話して眠ってしまった。
これ……もしかして、わたしたちが初めて出会ったあの日のこと?
それをわたしの作ったお話で思い出して、話してくれたってことなのかな?
ずっと、わたしも気にはなっていた。
どうしてリアがあのとき、わたしの名前を知っていたのか。
どうしてわたしのことを気にかけてくれて、ここに連れてきたのか。
――わたしのことを……わたしに起こる未来での出来事を夢で見たから、それで気になって、助けようとしてくれたってこと?
困窮に喘いでいるのを知っていたから。
近い将来、わたしが死ぬってわかっていたから。
だからどうしても助けたいって思ってくれたってこと?
父から引き取る形になってでも、受け入れたいって思ってくれたってことなのかな?
いまいちよくわからなかったけれど、それでも、リアだったらあり得るかもしれない。
大聖女様に認められるくらい、特別で不思議な力を持っている優しい女の子だったから。
わたしは部屋の灯りを消して外に出た。
神殿での新しい生活が忙しすぎて、すっかり聞きそびれてしまっていたけれど、あのときの疑問がひとつ、解けたような気がした。そして――
「そっか……あの子もわたしと一緒だったんだ。ずっと、気の合う友達がほしかったんだね」
ランタンの光と敷地内を照らす明かりだけが、真っ暗な通路と庭園を照らしてくれている。
そんな頼りない光源だけを目印に、ひとり、宿舎へと戻っていく。
一歩進むごとに、わたしは少しずつわき上がってくる優しい気持ちで胸の中がいっぱいになっていった。
「――リア、ずっと一緒にいようね」




