第八話
「は、はは……マジかよ」
カレルが血を吐きながら、呟いた。彼の呼吸は浅く、見るからに重症だ。
それでも笑ってロルフを見ている。やりやがったなと。
ロルフは悪くない。やったのはオズだ。自分は止めた。
何かが噛み合わなかっただけだと、震える拳を握る。
──そうだオレのせいじゃない。
周りが勝手に巻き込んだだけ。
目撃者もいない。このまま何も知らずに戻れば、素知らぬ顔ができる。
いや、無理だ。疑われるのはまず自分なのだと思い当たった。
カレルに一番恨みのある人間は、ロルフだとクラスの誰もが知っている。
「おえ……」
また吐き気がして、口を抑えた。
「マスターどうしますか?」
そんな彼の考えを知らないオズは、返り血の浴びた制服で振り返った。純粋でまっすぐな瞳は、カレルの心の奥底を抉る。
「とどめを刺しますか?」
その言葉に震え、崩れ落ちるように地面へ座り込んだ。
「……まったく、派手にやったな」
凛とする女声が聞こえてきた。顔を上げると、メリアが立っていた。
涙でグシャグシャの顔を見せるが、彼女は小さくため息を漏らすばかりだ。
「……状況はわかった」
メリアは倒れるカレルに近づく。その拍子に、彼の傍にあった石のような物を踏んだように見えた。
覗き込むように見て、大きくため息をつく。
「明確な急所は外している。手遅れではないな……ただ」
彼女はお図と顔を合わせて、肩をすくめた。
「これは問題行動だな。校舎の破壊に敷地内での争いそして傷害。何かしらの罰はあるだろうな」
「お、オレは、悪くない! 襲われただけだ!」
「被害者面をするのは、教室でイジメられてる時だけにしとけ」
メリアの言葉に、喉を鳴らす。何か心の深いところに刺さったそんな気がした。
「実害が出た以上、お前にも責任はある。何より、オズを制御できなかったのはお前の問題だ」
「違う! そもそも、カレルが襲ってこなければこんなことにならなかった! いや、そもそもカレルがダンジョンに置いてきぼりにしなければ、オレがオズと会うこともなかった!」
「言い訳は済んだか?」
メリアのそのひと言で、風の音が戻ってきたような気がした。遠くから生徒たちの声が聞こえ始める。
「……今なら、私が丸く収めてやる。母にかけあってもやれる。ただし、しばらくはお前の監視をさせてもらうがな──選べ」
その言葉に、震える口を開く。
「……お願いします」
何か致命的に、後戻りができなくなった。そんな気がした。
※※※※※※※※※※
あのあとどうなったのかも知らない。ただ、自室に戻っておけとだけ言われた。
ベッドに寝転びながら天井を見つめる。
「マスターの心拍数が──」
「うるさいな」
オズの声を遮って、ロルフは起き上がる。彼女を睨みあげてから、ベッドの縁に座った。
返り血を浴びたままの彼女は、視線が合うと首を傾げている。その素っ頓狂な顔を見ると無性に腹が立ってきた。
オレは悪くない。オズが勝手にやったこと。そう頭の中で反芻して、心を落ち着かせる。
しかし、落ち着けるはずはなかった。心のざわめきは、貧乏ゆすりとなって呼び起こされる。
そんなとき、部屋がノックされた。唐突のことで、心臓が飛び跳ねる。しかし、出るわけもいかずに立ち上がる。
「ここで待機しとけ、絶対動くな」
「分かりました」
オズに命令を下してから、ドアを開ける。
「いよっ!」
軽いノリで挨拶したのは、理事長だった。
「少年、困ってるって聞いたぞ? 上がってもいいか?」
断れる理由があるはずもなく、理事長を部屋に上げる。自分の部屋に訪ねてくることがあるだなんて、つい昨日までは思ってもみなかった。
理事長はオズを見つけると、「これはこれは派手にやりましたなぁ」と笑っている。
「緊張しているようだが安心していい。君は巻き込まれたと状況が物語っていた」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、但しこの娘──えっとなんて呼んでいる?」
理事長は顎に指を置きながら、振り返るように尋ねてくる。
「オズです」
「そうか──オズのケアをちゃんとしろ」
「しかし……。オレが何か言ったところで止まら──」
言い訳を並べようとしたロルフに、理事長は手で制止する。
「私が言いたいのは、言うことを聞かせろではない。誰も彼女が制御できるとは思ってない」
「……つまり?」
「オズのことをちゃんとしてやれと言っているんだ。返り血を制服につけたまま女の子を立たせるのか? 違うだろ?」
無茶苦茶だと思った。オズは人間ではない。それと同時に、何故か彼女の言葉に納得してしまう自分がいる。
「ほら、まずは制服を脱がせてお風呂に入れさせるところからだ」
「え!? オレがやるんですか!?」
「当たり前だ、お前のオズだろう?」
そんなペットみたいなと思ったが、理事長に逆らえるような気がしなかった。




