第七話
「おえぇ……」
ロルフは授業が終わり次第、トイレに駆け込んだ。クラスメイトたちは話かけようとしていたが、素早くきり上げた。
洗面台に顔を向けながら、喉の奥の違和感を吐き出す。濃い人間の視線にさらされ続けたロルフは限界ギリギリだった。
──いやなら、訂正しろよ。
そんな声が頭の中で反芻される。しかし、訂正したところで待ってるのは地獄だろと心の中で返す。
トイレの外で待機しているオズに一瞬ほど意識を向けてから、ロルフはまた一際大きく吐きそうになった。
「よぉ、“人気者”」
聞き覚えのありすぎる声に、心臓が飛び跳ねた。顔を上げて正面の鏡を見る。
酷くやつれた自分の顔の後ろには、ニヤけたカレルの姿が映っている。
「クラスから注目されてさぞかしご満悦だろうな?」
この状況がご満悦だと見えるなら、お前の目はさぞかし腐っている。
その言葉を飲み込み、ただただ鏡越しに彼の瞳を見つめた。
「……何のよう?」
嗚咽感を隠し、震えを隠す。腫れぼったい目を擦って何とか整えた。
相変わらず変わらないカレルの態度に、むしろ安心している自分がいて驚いた。
こいつだけはきっと、評価をひっくり返さないだろう。たとえそれが悪意や自己中心的な考えに取り憑かれていたとしてもだ。
「お前に用って言ったら一つだけだ」
言葉にしがたい緊張感の中、カレルはコチラに手の平を向ける。
「死ね」
実に簡素で分かりやすい要求だ。渇いた笑みさえ漏れる。
「拗らせすぎだ。オレもお前も」
「あぁ? 頭でもいかれたか?」
「そっくりそのまま返すよ。“人を殺すということをどういうことか分かってんのか”? ダンジョンで置き去りにしたのとはわけが違うんだぞ」
ロルフの放った言葉に、カレルは鼻で笑う。
「俺には味方がついてるからな」
彼の言ってる意味は理解できない。そして、ロルフ自身理解できなくてもいいと思った。
大きなため息をつく己は、逃げる気力さえも失っている。
「敵対行動を確認しました!」
その声とともに入ってきたのはオズだった。
「排除します!」
「やめ──」
ロルフの制止の言葉は間に合わない。爆風と爆煙に包まれて、己の体は吹き飛ばされる。
後ろ襟首を掴まれたと思えば浮遊感を覚える。
気がつけば、校舎の外に出ていた。尻もちをつくロルフのすぐそばには、オズが立っている。
どうなったのか視線を巡らせると、トイレ部分が爆破されたように壁が粉々になっていた。
「オズ! なんてことをしてくれ──」
「敵性反応、まだ生きています」
そう言われ、彼女の視線を辿って見る。
爆破されたトイレの中から、カレルがゆっくりと姿を現した。煙の中から出てくるさまは、まるで漫画で読んだ悪役か何かだ。
「あっぶねえなぁ。俺じゃなかったら死んでたところだぜ?」
彼の手には、奇妙な石のような物が浮かんでいる。それを中心として、周囲に薄い膜が張り巡らされていた。
「校舎もめちゃくちゃにしやがって……。でも安心しろよ、誰も助けは来ないぜ?」
確かに彼の言う通り、かなりの音が鳴ったはずなのに誰も見に来ることはなかった。
いや、そんなことを気にしている場合ではない。ロルフが一番気になるのは、“なぜ、魔物が消滅するほどの攻撃を受けて無事でいるかだ”。
魔術の中には物理的な攻撃に耐えるバリアという技がある。しかし、“ランクCであるはずの彼が、オズの攻撃を受けて防げるほどの魔術は持っていないはずだった”。
「分からねぇって顔をしてるな? 分からなくていいぜ!」
カレルが腕を振り上げると、氷属性の槍が三本ほど形成されていく。整えられた綺麗なものではなく、荒削りのようにゴツゴツしたものだ。
しかし、端は尖っている。貫かれれば命はないと、容易に想像ができる。
彼が腕を振り下ろすと、槍はロルフめがけて飛ぶ。しかし、オズが手を前に出した。
槍はこちらに手を届く前に、何かに当たって弾け飛ぶ。
オズが出したのは、カレルとまったく同じ薄く青い膜だった。
「……ち、“古代兵器”にも“シールド”が搭載されてやがるか」
明確にカレルの顔が焦ったように歪む。しかし、ロルフの方は何が何だか分からなかった。
古代兵器もシールドも、学校の授業では習ったことのない言葉だ。
「近接戦闘に切り替えます」
そう静かに宣言するオズの手には、光る剣のようなものが握られている。一瞬で間合いを詰めると、振り上げた。
破砕音が響く。青白いガラス片のようなものが中空に溶け込んでいく。
カレルが丸くするように目を見開いていた。
「……こ、殺すな!」
やっと出たロルフの言葉はそれだけだった。
「分かりました、マスター」
無感情な返答とともに、光る剣が振り下ろされる。
カレルの胸元が裂けて、赤い血が周囲に飛び散った。




