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第十一話 終話

 人目につかないように動くことは慣れている。オズが来てからは強制的に目立ってた。しかし、ロルフは人の目を気にして動くことを意識してきた人間だ。

 近くを寄れば息と動きを殺し、目立つ場所を渡る場合は最小限の動きで最速に。これを徹底して、職員室までやってきた。


 しかし、大した成果はない。正直な話、ナディアの机の上には重要なものは置かれていなかった。どころか、他の教師の机よりも無駄に整理されている。

 ナディアも本質的には人の目を気にするタイプだろう。そう思うと、カレルもナディアもロルフも似た者同士なのかもしれない。

 そして、その答えに行き着いた先に、違和感はさらに大きくなった。


 本当にナディアがそんなことする人間か?


 そりゃ、人間の本質では何があるかはわからない。いい人そうに見えて、殺人犯だってことも多々ある。

 しかし、人の目を気にする人間は、総じて視野が狭いものだ。


 カレルもロルフもそうだった。


──ガタン!


 唐突に何か物音がして、思わず屈み込んだ。誰も入ってきてないのを確認して顔を上げたところ、もう一回物音がする。

 職員室の中にある掃除用具入れからだ。


 恐る恐る近づいて、ロルフは手をかける。ゆっくりと開けると、口と手足を縛られたナディアが倒れてきた。


「んー! んーーーー!」


 ロルフを見て、彼女は必死に助けを求めるように体を動かす。

 彼女は涙目だった。見ているロルフに対して、早く助けろと言わんばかりに頭を揺らす。


 このナディアを見て、ロルフの前提が瓦解する。彼女は完全に利用されていたのだと理解した。


 取り敢えず、心拍数を落ち着けてから口を塞ぐ布を取る。


「た、た助かりましたぁ……」

「先生、何があったんですか?」

「そ、それが私にもさっぱり。“メリア”ちゃんが尋ねてきてから、記憶が曖昧なのぉ」


 その言葉を聞いて、ロルフはあることを思い出す。


「……先生、メリアにオズの名前を教えましたか?」

「教えてないですぅ。それよりも、早く解いてください〜」


 その言葉を聞いて、ロルフは雷に打たれたかのような感覚に陥る。


 メリアは最初からオズを認識していた。ロルフがつけた名前をだ。クラスの誰かが話す暇もなく、次の授業の時には現れて、彼女の名前を言っていた。

 オズの名前は、当然ながら理事長も知らなかった。それなのにだ。


──もしかして、監視されてた?


 それならば、授業のときもカレルのときもタイミングよく割り込んできた理由も説明がつく。


「あのあの! 考えてないで早く解いてください!」


 ミノムシのようにうねうね動くナディア。彼女の手足を縛っている縄を解きながら、口を開く。


「先生、一つ頼まれてほしいことがあるんですが、良いですか?」

「この状況で頼み事を普通しますかぁ!?」

「じゃあ、そのままミノムシになっててください」


 さすがにたまったものではないからか、ナディアはロルフの言葉を了承する。



※※※※※※※※※※



「た、助けてください〜! ひゃあー死にたくないです! あ、追っかけないでください〜!」


 廊下中に響き渡るナディアの声に引っ張られた黒ローブたちが集まってくる。ことなかれ主義の彼女はどうやら物理的回避能力も一流のようだ。

 そう言えば誰かが、ナディアは人に嫌われたくないからBランクで甘んじていると言っていたのをロルフは思い出した。


 才能は使い用というのは、このことを言うのだろうか。


 彼女が囮になってくれてるおかげで、校舎から出て正門近くまで歩いてこれた。そこには、黒ローブにオズを運ばせているメリアがいた。


「オズをどうする気だ?」

「どうやら、思ったよりもバカではなかったらしい」

「オズをどうする気だと言っている!」


 近づこうとすると、彼女の魔術が地面を抉る。その威力に、思わず足を止めた。


「どうするも何も、研究者に手渡すだけだが?」

「それをして何になる!?」

「……お前の発見を奪ったから説教か? お門違いだな。お前はオズと向き合おうとしなかっただろ? だから、代わってやろうとしてるだけだ」


 ド正論だった。そして今も、自分の気持ちを優先させてオズを取り返そうとしているのには違いなかった。

 しかし、オズは──オズだけはロルフをしっかりと見てくれたのは確かだった。


 それが歪んだ主従関係だったとしてもだ。


「死にたくなかったら、そこから動かないことだな」

「……そうだな、死にたくないから動かない」


 その答えに、メリアは鼻で笑う。


「ふん、結局お前はその程度の人間だったってことだな」


 その通りだ。いつでも自分が可愛くて、そして力がないことがコンプレックスで、周りの評価に敏感だ。

 だからこそ主体性はなく、受動的に生きてきた。


「その程度の人間だって、オレも分かってるさ」

「聞き分けのいい奴は好きだぞ」


 振り返った彼女の背中を見つめながら、大きく息を吸い込んだ。


「オズ! 助けてくれ!」


 その言葉に驚いたメリアは、振り返る。


「バカが、彼女は私たちが停止させてる」

「なぁ、古代人の技術ってさ……多くは解明されてないんだろ? だったら、“本当に制御できてると思うか”?」


 その問いに答えるように、轟音が鳴る。人間の悲鳴が飛ぶ。

 煙の先から現れた小さな体は、制服のスカートを翻して着地した。


「はい、マスター」


 

※※※※※※※※※※



 事件は一気に収束した。立ち上がったオズは蹂躙という名がふさわしかった。

 しかし、怪我人こそいたものの死人は出なかった。これは、ロルフが今まで殺すのを嫌っていたのをオズが読み取ってくれたからだろうか。


 いや、まさかなと、ロルフはあまり深く考えないことにした。


 学校は一ヶ月は休校になった。メリアは適切な場で裁かれるらしい。

 理事長は責任を追及されたが、飄々とやりすごしていた。それが実に彼女らしい。


「さて……」


 久しぶりに制服に袖を通す。待機してるオズに顔を合わせた。


「行こうか、オズ」

「はい、マスター」


 学校でのロルフの立場は変わってはいない。それでも少しはいい生活を送れるようになったのではないかと思う。

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