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第一話

 ロルフ・センディアナは必死に走る。どこまでも続く石壁と石天井が彼の精神を摩耗させる。

 後方から追いかけてくるのはキラータイガーという虎のような大型の魔物。鋭い牙は、人間などを簡単に噛みちぎる。

 追いつかれたら、命はない。


 まだ半人前の自分が来るべきところではなかったのだ。クラスメイトの連中に無理矢理荷物持ちとして連れてこられて、さらには囮として放り出された。

 我ながら力のない自分が情けないと思う。


「くっそ……とにかく……逃げないと!」


 息を切らしかけているロルフには、自分の命の灯し火が消えかけてるのが見える。一昨年亡くなった愛犬が翼を生やして迎えに来ている錯覚まで見えた。


 いやいや、こんなところで終われるか。と、足に力を込める。まだ、叶えたいこと一つも叶えていないのだ。


「とりあえず、生きて帰れたらあいつらに文句を言ってやる!」


──言えるものなら。


 ガコンと、石畳の一部が下がった気がした。足を引っ掛けて、そのまま転倒する。体が滑り込んだのは、壁に空いた穴のすき間だった。

 そのまま下り坂になっており、見事に色んなところを打ち付けながら転がり落ちていく。


「……っ!」


 一体何回転したかもわからない。止まった場所は、薄暗いところだった。

 いや、灯りは一つだけある。奥にある円筒型の石だ。それが唯一の光源になっていた。


 ロルフは導かれるように、ゆっくりと歩み寄った。


「なんだろこれ……?」


 青白く光っているそれは、見たこともない装飾が施されている。まじまじと見つめるが分からない。

 触ろうと手を伸ばしたところで──


「グオオオォォオ!」


 キラータイガーの声で肩を跳ね上がらせた。

 振り返ると、薄暗闇の中で無数の目が光っている。その瞳はすべてロルフに集約されていた。

 彼らの態度を見ればわかる。お前を逃がす気はないと言っているのが。


 最悪なことにここは行き止まり。出口らしいものは見当たらない。


 ヤバいとあとずさった。背中に円筒型の像がぶつかる。


『認証しました』


 抑揚がなく二重に重なって聞こえる声が響く。同時に、広場の明かりが一斉についた。

 唐突の光に、思わず目を窄める。キラータイガーたちも驚いたのか、少しうめき声を漏らしていた。


 しかし、だからといってピンチなのは変わりない。明るくなった分、狙われやすくなったまである。

 喉が鳴り、指の先が震える。渇いた笑いまで漏れてくる。


 先頭のキラータイガーが飛び掛ってくる。

 大口開けるそれは、きっとロルフのことを簡単に噛みちぎるだろう。


 しかし、その攻撃は届くことはなかった。


『敵性反応』

「──殲滅行動」


 重なるように、少女の声が聞こえた気がする。


 瞬間、謎の光がキラータイガーを空中で消滅させた。わけが分からず、ロルフは呆けた声を漏らしてしまう。


「続けて殲滅行動」


 また聞こえた声に、ロルフは振り返る。


 いつの間にか円筒型の石は両開きになっていた。その中から少女が一人立っている。

 薄青いショートヘア。瞳孔で交わるように白い線が縦と横に入った不思議な青い瞳。幼い唇は、どこか艶があった。

 肌は白く柔らかそうな質感。胸は控えめ。しかしそれでも、女の子らしい曲線を腰から尻にかけて描いている。

 裸同然の状態だが、大事なところはしっかりと隠れてあるため見えない。


 声の主が彼女であると瞬時に判断した。と、同時にいつの間にそこに立っていたのか分からない。


「……君は誰?」


 尋ねた声に、彼女は視線すらよこさない。ただ無表情でキラータイガーの群れを見据えている。


 仲間を消された魔物たちは、それぞれ大きく吠えた。一斉に地面を蹴って飛びかかる。

 今度こそ終わりだと思ったが、その認識は一瞬で崩される。


 無数の光の線が飛び出した。一つ一つが魔物たちを貫き、壁まで削る。

 血が吹き出し、そのまま絶命する。


 何体かは残った。それでも、息が荒くなって足を震えさせている。


「残りも処理します」


 抑揚のない声で少女がいうと、そのままロルフを超えて飛び出した。

 手を振り上げて、手刀のように斬りつける。どうやってるかは分からないが、それで魔物が真っ二つに分断された。


 残りの生きていた魔物も無慈悲に、そして効率よく殲滅する。

 すべての魔物が消えるのに、二十秒もかからなかった。

 

 血溜まりの中、返り血を浴びて立ち尽くす少女の背中に、ロルフは見惚れてしまう。


 彼女はこちらに振り返り、ゆっくりと近づいてくる。


「あ……う」


 今度は自分が殺されると心臓が飛び跳ねたが、どうやら違うようだった。

 手が震えるロルフの前で、視線を合わせるように少女はしゃがみ込む。


「……マスター」

「え、マスター?」

「はい、私のマスター」


 不思議な瞳で見つめてくる。彼女の表情は相変わらず変わらない。


「起こしてくれてありがとうございますマスター。それで、次は何をすればいいですか?」


 首を傾げる彼女に、ロルフも首を傾げるしかなかった。

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