(3)
翌日、私たちは村の倉庫に最初の冷蔵呪具を設置した。
「これで、収穫した薬草を保存できます」
私は村人たちに説明した。
「温度は常に一定。腐敗を防ぎ、品質を保てます」
「魔法の箱か――」
村人たちは興味深そうに呪具を観察している。
「使い方は簡単です。週に一度、この魔石を交換するだけ」
私は魔石の交換方法を実演した。
「交換した魔石は、こちらで回収します。再充填して、また持ってきます」
「便利だな」
オズワルド村長が感心している。
「これなら、収穫時期がずれても対応できる」
「その通りです」
私は微笑んだ。
冷蔵呪具の設置は、予想以上の効果をもたらした。村人たちは、自分たちの薬草が「価値あるもの」として扱われることに、誇りを持ち始めた。
だが、すべてが順調というわけではなかった。
三日後、村に教会の巡回司祭が訪れた。
「この村で、無許可の薬草栽培が行われていると聞いた」
司祭の声は冷たかった。
私は物陰から様子を見ていた。エルヴィンが隣で、短剣の柄に手をかけている。
「許可など、必要なのか?」
オズワルド村長が問い返した。
「当然だ。薬草は神聖な植物。教会の管理下でなければ、栽培してはならない」
「そんな法律はないはずだ」
「法律?」
司祭は鼻で笑った。
「神の意志は、法律の上にある」
私は静かに怒りを感じた。これが、教会の本質だ。「神の意志」という名の、権力の暴走。
だが、オズワルドは怯まなかった。
「ならば、証明してもらおう。この栽培が、神の意志に反するという証拠を」
司祭は一瞬、言葉に詰まった。
「証拠だと?」
「そうだ。お前たちはいつも『神の意志』と言うが、それを証明したことがあるのか?」
村人たちが、オズワルドの後ろに集まってきた。彼らの目には、静かな決意が宿っている。
司祭は顔を赤くし、何か言いかけたが――最終的に、捨て台詞を吐いて去っていった。
「教会に報告する。覚えていろ」
司祭の姿が見えなくなってから、私は物陰から出た。
「大丈夫ですか?」
オズワルドは疲れた様子で笑った。
「大丈夫さ。ただ――嵐が来るな」
「ええ」
私は頷いた。
「でも、準備はできています」
私は村人たちを集め、今後の対策を説明した。
「教会は必ず圧力をかけてきます。だから、私たちは事実と記録で対抗します」
私は書類を見せた。
「栽培の記録、品質検査の結果、販売実績。すべて文書化し、公開します」
「公開?」
「ええ。冒険者ギルド、商人組合、そして――民衆に」
私は真剣な目で村人たちを見た。
「教会は『秘密』を武器にしています。だから、私たちは『公開』で対抗する」
村人たちは顔を見合わせ、そして頷いた。
「わかった。やろう」
その日の夜、私たちは文書の整理を始めた。すべての取引、すべての栽培記録、すべての品質データ。それらを整理し、誰でも検証できる形にする。
「透明性」
私は呟いた。
「それが、私たちの武器」
エルヴィンが隣で、苦笑した。
「お前は本当に、戦い方が変わっているな」
「剣や魔法じゃ、教会には勝てない」
私は静かに答えた。
「だから、情報と制度で戦う」
月明かりの下、私たちは黙々と作業を続けた。
嵐は、すぐそこまで来ている。