(1)
フォレンティア丘陵への視察は、予想以上に困難だった。
王都から馬車で二日。道は荒れており、何度も揺れに耐えながら進んだ。私は変装を続け、商人の従者として振る舞っていた。
「着いたぞ」
エルヴィンが御者台から声をかけてきた。
丘陵地帯が眼前に広がる。なだらかな起伏の続く大地に、点々と農家が散らばっている。土地は痩せており、作物の育ちも悪そうだ。
「ここが、ブライアン村か」
私は地図を確認した。この村は、フォレンティア丘陵で最も貧しい集落の一つだ。だからこそ、新しい試みを受け入れてくれる可能性がある。
村の入り口で、私たちは村長に会った。オズワルドという名の老人だ。
「薬草栽培の話を聞きたいと?」
オズワルドは疑い深そうな目で私たちを見た。
「はい。この土地に適した薬草を育て、それを買い取る契約を結びたいのです」
私はサンプルを見せた。いくつかの薬草の種と、栽培マニュアルだ。
「教会の契約とは違います。価格は適正、支払いは現金、そして――」
私は重要な点を強調した。
「収穫物の一部は、村で自由に使えます」
オズワルドの目が、わずかに輝いた。
「本当か?」
「ええ。私たちが買い取るのは、収穫の七割。残り三割は村のものです」
「教会は全量買い取りだと聞いている」
「だから、教会の契約は農民にとって不利なんです」
私は静かに説明した。
「全量買い取りは、一見良さそうに見えます。でも、価格決定権は教会が握っている。そして、農民自身が薬草を使えない」
「確かに――」
オズワルドは考え込んだ。
「うちの孫も、去年熱を出して死にかけた。薬草を育てているのに、薬が買えないなんて――」
彼の声には、深い悔しさが滲んでいた。
「それを変えたいんです」
私は真剣な目で村長を見つめた。
「薬草を育てる人が、その恩恵を受けられる。当たり前のことでしょう?」
オズワルドは長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。
「わかった。試してみよう」
最初の産地を確保した。