(1)
意識が戻ったとき、私は朝の光の中にいた。
柔らかな陽光が、天蓋のレースを通して部屋を照らしている。絹のシーツの感触。遠くから聞こえる鳥のさえずり。窓の外には、宮殿の庭園が広がっている。
ここは――王宮。
記憶が、ゆっくりと戻ってくる。治療所での血の儀式。魔力の暴走。そして――聖印の露見。
私は静かに深呼吸をした。
吸って、吐いて。
体内の魔力を確認する。まだ弱々しいが、少しずつ回復している。魔力の流れは、まるで細い小川のように、体の中を静かに巡っている。
首筋に手を当てた。そこには、聖印がある。今は静かに眠っているが、確かに存在する。母から受け継いだ、浄化の力の証。
「目が覚めたか」
低い声が聞こえた。振り向くと、窓辺の椅子にエルヴィンが座っていた。
彼は疲れた顔をしていた。目の下に隈ができている。おそらく、ずっと私のそばにいてくれたのだろう。
「エルヴィン――」
私は安堵のため息をついた。
「何日、眠っていたの?」
「三日だ」
彼は立ち上がり、窓を開けた。新鮮な空気が、部屋に流れ込んでくる。朝の香り。露に濡れた草の匂い。そして――遠くから漂う、厨房のパンの焼ける香り。
日常の匂いだ。
それは、私がまだ生きているという、何よりの証だった。
「まあね。少し予定外のこともあったけれど」
私は体を起こし、自分の状態を確認した。首に巻かれた包帯。幻術と薬草の煙で仮死状態を作り出し、処刑を偽装した。死体は別の遺体とすり替えられ、私は密かに運び出された。
「王都は大騒ぎだぞ。『天罰が下った』『偽聖女が消えた』と」
「予想通りね」
私は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。遠くに、王都の灯りが見える。
「これで、私は『死んだ』ことになった」
「で、これからどうする?」
エルヴィンが尋ねる。私は静かに微笑んだ。
「決まっているわ。本当の仕事を始める」