第5話『重ねる手、かける想い』
六月の風が、縁側の風鈴をやさしく揺らしていた。
「次は“ひもかけ手のせ”ばい」
まどかはコマを手に、縁側の祖母・キヨを見た。
祖母は一瞬だけ目を細め、懐かしそうに笑った。
「それね、おじいちゃんが最初に見せてくんしゃった技よ」
「……最初?」
「そう。『コマは、道具やない。心ば伝える“手”があって、初めて生きる』って。……あの人らしい言い分やった」
まどかは膝に置いたコマをじっと見た。黒光りした八女和ごま。中心には、祖父が彫ったとされる“ヘソ”が、まるで命のように息づいて見えた。
「わかった。やってみる」
糸を巻き、コマを持ち上げる。回す――そして、手のひらで受ける。
だが、バランスが崩れてコマは転げ落ちた。
2回目。3回目。手のひらがピリピリとしびれた。
「回ったと思っても、すぐ逸れる……っ」
そのとき、軒下で見ていたタケルが声をかけた。
「手のひらで“支える”んやなくて、“寄り添う”っちゃ。重心に沿うとよ」
「寄り添う……?」
思い出す。祖父の技帳にあった言葉。
――コマは、道具にあらず。手に宿りし、もう一つのいのち。
「……そういうこと?」
まどかは静かに構え直す。
巻いた糸を引く。コマがしゅんと音を立てて回る。そのまま手を出し、掌をすくうようにコマを“迎え”た。
――トン。
まどかの掌の上で、コマはまるで呼吸をするように、静かに、そして確かに回った。
「……回ってる。手の上で……」
風が吹いた。縁側の風鈴がカランと鳴る。
その音が、遠くにいる祖父からの祝福のように思えた。
「おじいちゃん。あたしも、やっと回せたよ」
まどかは、コマを握りしめる。
「“手”は、継ぐものやけん」
祖母はただ、頷いた。
「……よう、がんばったねえ」
まどかはその言葉に、小さく笑った。
「まだまだやけどね。次は……“どじょうすくい”。次は人に、魅せる技やけん!」