第4話『火花、ふるえる』
空気が湿っていた。梅雨入り間近の午後、まどかは庭のテント下でこまを構えていた。
「次は……線香花火。3秒間、糸の上でプルプルって回ると……」
試しに一度投げてみる。コマはすぐに糸からずり落ちて地面に転がった。
「また……!」
息を吐き、もう一度。失敗。もう一度、また失敗。
「集中しろ……集中、集中……っ!」
しかし腕が、肩が、うまく動かない。連日の練習で疲労が溜まっていたのは明らかだった。
そこへ、氷の入った水筒を片手にタケルがやってきた。
「まーた飛ばしよるなぁ、まどか。お疲れ」
「うるさい、できるまでやるっ!」
だが、コマは糸にすら乗らず、ポトンと落ちた。
「……集中しきらん」
まどかは唇をかんだ。
タケルがしゃがみ、まどかに声をかける。
「無理して突っ走るなよ。コマが先にバテるっちゃけん」
「……あたしがバテとるとよ!」
思わず声が荒れた。けれど、タケルは静かに笑う。
「じゃあ、バテとるときのこまは、どげんすればよかと?」
その問いに、まどかは答えられなかった。
縁側から祖母・キヨの声がした。
「……まどか。ちょっと、茶飲んで休みんしゃい」
祖母と並んで腰を下ろすと、熱い湯呑みの湯気が目に染みた。
「おじいちゃんね、若いころ手ぇ怪我しても、毎日こま投げよったとよ」
「えっ、怪我してたのに?」
「うん。『手が使えんでも、心は止まらん』って言いよった」
祖母の目がふっと細くなる。
「けどね、止まることも大事やと。火もね、風ば避けて、いっぺん止まってから、また灯るとよ」
その言葉が、胸に落ちた。
まどかは立ち上がった。今度は、手ではなく呼吸を整える。糸の張りを見直し、角度を調整し、そして――静かに投げた。
コマが糸に乗る。
――プルッ……プルプル……
震えている。
その姿はまさに、火薬がはじける前の線香花火。はかなく、美しく、かすかに光るようだった。
「……さんびょぉー!」
まどかが叫ぶと、タケルが拍手した。
「よしっ、決まったな!」
祖母も頷いていた。
「きれいな火花やったよ」
まどかはコマを拾い上げ、そっと手のひらに載せた。
「次は……“ひもかけ手のせ”やけん。おじいちゃんの“最初の技”やろ?」
「そうねえ。あの子が初めて、私に見せてくれた技やった」
まどかはコマを胸にあてる。
「……あたしも、“最初の技”にする」
コマはまだ、あたしの中で火花を散らしている。次は、もっと美しく燃やすために。