表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘソの軌跡〜八女和ごま旋風記〜  作者: やしゅまる
3/10

第3話『まとは、遠くてまあるい』

朝の陽射しが庭石の影をくっきりと落としている。まどかは畳の上で正座し、祖父の技帳をめくっていた。


「8級、“まといれ”。……30センチの的の中に、コマを入れる、か」


 祖母が淹れてくれた緑茶の湯気が、ふわりと立つ。まどかは一口すすると、すぐ立ち上がった。


 裏庭のコンクリートに置かれた、的の缶。そこへ、八女和ごまを構える。


「いっけーっ!」


 引きこむように、糸を引く。コマが風を裂き、地面に跳ねた。……が、的からは遠く外れた場所で跳ね返る。


「むー……」


 2回目も、3回目も。強すぎてはじけ飛び、弱すぎて届かない。八女のこまは競技用と違って重心がずれており、わずかな角度の違いで軌道がブレる。


 昼前、タケルが自転車で現れた。


「お、練習しよるなー」


「まとに、ぜんっぜん入らんとよ!」


 缶を見せながら、まどかはふてくされた。


「まあ、そりゃ最初はな。まとって“当てる”もんやないけん」


「どういうこと?」


 タケルは自分のコマを手に取ると、ひょいと投げた。コマは空中を一回転して、的の中心に吸い込まれるように落ちた。


「な、ほら」


「うわ、ずるい!教えて!」


「重心。……あと“響き”やね」


「響き?」


 その言葉に、まどかは思い出した。祖父の技帳に、こんな言葉があった。


“こまのヘソは、命の芯。そこを通して投げよ。狙うな、響かせろ”


 まどかはコマを手に取り、その“ヘソ”と呼ばれる突起部分を親指でなぞった。


(狙うんじゃなくて、響かせる……?)


 もう一度、ひもを巻く。さっきより少しだけ、手の力を抜いた。


「行ってきなっ!」


 糸を引くと、コマが宙を舞う。軌道はなめらかで、まるで空気の線をたどっているようだった。そして……


 コトン。


 音もなく、コマが“まと”の中心に吸い込まれた。


「……入った……!」


 思わず両手を突き上げる。


「やったーっ!」


 背後からタケルの拍手。祖母も縁側で微笑んでいた。


「今のは、きれいやったねぇ」


 まどかはにやりと笑う。


「よーし、次は“線香花火”たい! プルプルさせちゃるけん!」


 だがそのとき、右手がじんと痛んだ。投げすぎた影響だろう。


 それでも――

 心地よい疲れだった。的の中心で回り続けるこまが、まるで自分の気持ちの代弁者のように見えた。


(伝わったと。……あたしの想い)


 まどかの胸のなかに、小さな火が灯った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ