1 ー 9 響町のヒーロー
空飛ぶ魔女タイプのヒーロー《ツンドラ》による、渾身の一撃が決まり、災害のように猛威を振るっていた怪人は、地面に落下し氷塊に圧し潰された。
その場にいたヒーローたちは、確実に倒したかどうかを確認するまではと、ツンドラが発射した氷塊に釘付けになっている。
力を使い果たしたツンドラが、空から墜ちてくるのに、誰も気づいていない。
ただ一人を除いては。
「……っと、あっぶねぇ……。誰も気づいてないとか、信じられねえよ……。一番の功労者なのになあ」
地上から50メートルほどの高さから落下したツンドラの華奢な体を抱き止めて、ホッと息を吐き出す白いロングコートと眼帯のヒーロー。
力尽き、意識を失ったことで、ツンドラの変身が自動で解けていく。
それと同時に、怪人を圧し潰した氷塊も、わずかな冷気を残して消えた。
この腕の中にいるのは、きれいでかわいいという点を除けば、どこにでもいそうな女子生徒で、細く軽い体で、絶望的な戦いを強いられていたこの状況を、ほとんど一人でひっくり返してしまった。
それが、どれほどのことか。
思わず抱きしめてしまいたくなったが、さすがにそれはまずいだろうと思いとどまる。
純白の翼を持ったヒーロー《エンジェル》に彼女を託して、その場を去る。
……つもり、だったんだが。
「ちょーっと待ってくれないか?」
ごく自然に、立ち去るつもりだったのだが。
「一番早く来て一番長く耐えてたのは、あんただよな? 眼帯さんよ?」
後ろから、肩をがっしり掴まれる。
「あんた、名前なんていうんだ?」
「得意武器は?」
「なんでそんな頑丈なんだ?」
「ヒーロー歴どれくらい?」
「なんで眼帯してんの?」
「それでちゃんと見えてんの?」
「好みのタイプは?」
「好きな食べものは?」
「犬と猫どっち好き?」
「や・ら・な・い・か?」
なぜか質問責めにあって、どれから答えていいのやらと軽くパニクってると、背筋がゾクリとする。
やっべぇ、今すぐ逃げないと……。
なんか怪人と対峙したときよりも身の危険を強く感じてしまって、逃げ出そうとしても体のあちこちをがっしりと掴まれてしまっていて、ちょっとどうにもならなさそうだ。
そのまま、わっしょいわっしょいと胴上げが始まった。
「いや、その、俺んち、犬がいるから、食事の時間、までには、帰りたい、んだが!」
誰も彼もが速さに対応できずに、弄ばれるようにただただ殴り飛ばされていた絶望的な戦いで、生き残っただけでなく、勝利を掴んだことでテンション上がっちゃったヒーローたちに、しばらくの間胴上げされていた。
……ああ、おうち帰りたい……。
胴上げが終わったら終わったで「打ち上げだ!」と誰かが叫び、「野良なら協会に登録した方がいいよ。登録しようよ」と腕を引っ張られる。
意識を失ったままのツンドラが気になったものの、エンジェルや同年代の女性ヒーローたちが見守っていて、そっちは大丈夫そうだった。
あ、エンジェルが小さく手を振ってくれた。かわいい。
結局、《ヒーロー協会》まで連行されていって、登録を強制された。
しかも、後日、能力とランクの判定のために、協会に出頭するように言いつけられてしまう。
まあ、協会の職員や偉い人などから、ありがとうと頭を下げられてしまっては、悪い気もしなかったし。
それに、そろそろヒーローとしての自分の能力をしっかりと認識したいとも思っていたから、これでよかったのかもしれない。
あと、出動の度にお金出るって言うから。お金は大事だよな。
遺産が減っていく一方なのは、なにげに心が少しずつすり減っていくようで、ちょっと困っていたことでもあったから。
でも、おっさん、目立ちたくないんだよねえ。
そんな風に漏らしたら、「何を今さら」って返されたよ……。
そりゃあ、おっさん、ヒーロー歴5年ほどになるけどさあ。
その間、戦い方もろくに磨かなかったけどさあ。
誰も注目してなかったじゃん? 5年活動してたのにさ。
なんてボヤいたら、
「この町のこの5年間の人的被害は、ほぼゼロだ。これはもう、奇跡のような話だ」
などと、ずいぶん持ち上げられてしまった。
そこまで言われると、逆に疑わしくなってくるね。
ヒーローを一人でも多く囲いこみたい、協会のでっち上げとかを。
ともあれ、《ヒーロー協会》に登録した最大のメリットは、怪人や怪物の出現を察知した際、いちいち公衆電話を使って匿名で連絡するのではなく、スマホで直接連絡できるようになることだよな。
それによって、よりスムーズに避難を促すことができるはずだし。
……じゃ、やることやったし、そろそろ変身解いて、個人情報保護能力の時間を使って行方をくらましますか。
多人数での飲み会とかさ、おっさん、気を遣ってしまってさ、美味しく呑めない性分なのよ。
同じ呑むなら、家で静かに呑みたいからね。
じゃ、そういうことで。
「眼帯さんがいなくなったぞーっ!」
「功労者に美味い酒呑ませるんじゃーっ!」
「探せ、探せーっ!」
「…………なんか、バカみたい。ああいうノリが嫌いだから、逃げたんだろうにさ」
「……ふふっ。そうかもしれませんね?」
「……なによ? なんか言いたいことでもあるの? 《エンジェル》?」
「いえ。……ただ、また、ありがとうって言いたくても、言えなかったんじゃないです?」
「………………うっさいなぁ………………」
「……ふふっ。《ツンドラ》ちゃん、かわいい」
「うっさいっての」