1 ー 5 自給自足なヒーロー
朝起きて、顔を洗って、畑いく。
犬のタロウにあいさつして、夜のうちにタロウが持ってきたモノがないかを確認する。
……今日は……猿か……。
…………埋めるか。
しっぽをブンブン振るタロウに、「これは、食べられない」と告げると、ガーンっ! とショックを受けた表情になり、ワンっワンっと抗議するように吠える。
吠えられても、猿は食べられない。
野生動物に関しての法律とかはよく知らないが、たぶん、狩猟したらダメなやつだろ。
可食部の大きい熊とか猪とか仕留めてくれんかね?
……もっとも、それ捌いて肉にするの俺なんだけどね……。
ま、埋めるか、猿。
うちの野菜や果物を狙ってきたお前が悪い。
森の方まで持っていって、スコップで穴を掘って、埋めた。
タロウは穴掘りを手伝ってくれたが、ひとかきでスコップ数回分の土が抉られている現実。
それがババババって速さで土を掘るもんだから、1メートルほどの深さの穴もあっという間。
代わりに、土が吹っ飛んでいくから、むしろ埋める方が大変という。
でも、一人で穴掘って埋めるより断然楽なので、えらいぞー。ありがとなー。とタロウを褒めてなでる。
褒められるとやっぱり嬉しいらしく、表情が全然違う。
害獣を駆除してくれたので、今日は前にタロウが仕留めて冷凍していた鹿肉を出してやろう。
生肉よりも焼いた肉の方が大好きなんだよな。タロウは。
切り分けて冷凍していた鹿肉を解凍して、フライパンで焼いて一口大に切り、ドッグフードの上に乗せてやる。
しっぽをブンブン振って、嬉しそうだ。
俺の生活を支えてくれる番犬に敬意を表して、俺より先に食事を与える。
タロウいなかったら、畑なんてあっという間にめちゃくちゃだからな。
近所……といっても、1キロは離れている……でも、野生の獣には悩まされているとよく聞くので、タロウには感謝感謝。
看取りまで責任を持ちたいと思ってはいる。
……といっても、じいさんばあさんに両親まで看取ったのはタロウの方だから、むしろ俺がタロウに看取られまで世話してもらう方かもしれんが。
米と野菜と昨日のみそ汁で朝食を済ませ、タロウを伴い畑の手入れ。
できあがっているものがあれば、収穫。
それが終われば自由な時間だ。
今日は釣りでもするかな。
そうと決まれば、釣竿とクーラーボックスを持って、川へ行く。
川辺の虫を捕まえて釣針に刺して川へ垂らせば、結構簡単に鮎とか山女魚とか釣れたりする。
釣れたやつは、内臓を取り除いてクーラーボックスに。
入りきらなきゃそこらの適当な枝に刺して、直火焼き。
犬のくせに焼きたてを所望するタロウは、食べ頃に焼けるとワンっと吠えて知らせてくれる。
焼きたての川魚を枝から外して、そこら辺にある葉っぱを皿代わりにして地面に置いてよしと言えば、タロウはあっという間に食べてしまう。
次、はよ、とばかりにしっぽをブンブン振って催促してくるタロウの頭をなでて、落ち着かせる。
そうしているうちに、食べ頃に焼けた魚があると、ワンっと吠えてくれるもんだから、どんだけ食いしん坊なんだよと呆れつつも、微笑むのを止められない癒しの時間だ。
俺も、焼きたてに塩ふって食べる。
かぶりつけば、脂がジュワっと口に広がって、ヒレやシッポはカリカリに焼けてて歯応えを楽しめる。もうこれだけで生きていけるんじゃないかってくらい美味い。
頭と背骨は食べないが、タロウはバリバリと噛み砕いて食べてしまう。
もっと、もっととしっぽを振るが、癒しの時間は終わりのようだ。
「悪いな、タロウ。俺、いかなきゃ」
愛犬の目を見て、頭をなでる。
タロウは賢い。これから俺が何をするか分かっているようで、甘えるように顔をすり付けてくる。
死ぬつもりはないが、毎回のように、こうして、帰ってこなければと気持ちを新たにする。
愛犬をひとしきりなでて満足したら、立ち上がって、行ってくる。と伝えれば、行ってこい。とばかりに2回吠える。
……いや、もしかしたら、俺よりタロウの方が強いかもしれないが……。
変身した俺よりもずっと弱い人たちが、命の危険にさらされてしまう。
それは、その事実は、変身しても弱い俺が怪人に立ち向かうには、十分な理由で。
たとえ勝てなくても、時間を稼ぐたびに救われる命があると思えば、萎える心にも火が灯る。
逃げ出したい気持ちを抑えるために、深呼吸を一つ。
よしっ、と声に出して、自分を鼓舞する。
車に乗って、移動すること15分。
目的地に近づくにつれて、違和感を覚える。
それは、怪人の反応が、二つあること。
一つは、町の中心にある響町立小学校の近く。
もう一つは、町の西側にある個人病院の近く。
小学校の方が反応が大きくて、個人病院の方は反応が小さい。
どちらに行くべきかは明白だが、公衆電話で《ヒーロー協会》に匿名で警告しておく。
これで、ある程度スムーズにヒーローが来ることができるだろう。
俺のやることは、いつもどおりだ。
「……変身」
正面に、四角い鏡のような力場が展開される。
そこに写るのは、白いコートに黒い眼帯姿の変身後の自分。
自身の弱い心を象徴するような、弱い自分。
いつものように、目元というか顔半分が隠れていながら、疲れたような表情で、嘲笑う。
お前に、何ができると。
時間稼ぎしかできんよと、心の中で答え、力場へ飛び込む。
その瞬間、ふっ、と嘲笑う声が聞こえてくる。
そんなことしかできないのかと。
そんなことしかできねぇよと、心の中で答えているうちに、力場に写っていた自分と同化し、ヒーローとなる。
ヒーローとなったことで、幾分か上昇した身体能力をもって、町立小学校へと走り出した。