1 ー 3 アラサーヒーロー
七星 司。33歳。
地元高校を中退した後、知人に誘われて地元企業に就職。地元企業が倒産するまで10年間無遅刻無欠勤で勤めあげる。
以後、祖父母の遺産の一部を受け継ぎ、他界した親の実家へと転居。ニートになる。
自身の経歴を省みて、ため息が出てくる。
ヒーローは皆、夢と希望を胸に抱き、叶わない願いを叶えようと強く乞い願う者が成れるという噂がある。
しかし、司は、願うほどのものがなかった。
あるとしたなら、あまりに早く他界した両親に、少しくらいは親孝行をしたかったということくらいか。
しかし、どれほど願っても、死んだ人間は生き返らない。
どれほど夢見ても、朝起きたら両親がリビングに居る、なんてことはない。
毎日のように夢破れ、
毎日のように絶望している。
せめて、家族が遺したものは、手元に置きたい。
それが、七星 司 の虚ろな日常だった。
金なら、節約して慎ましやかに生きれば、平均寿命くらいは生きていけるだけの蓄えを持っている。両親祖父母の遺産によって。
食料なら、ひまをもて余して耕した畑に植えた野菜や果物がある。
歩いて1分のところに田んぼもある。大変だが、米を作っているので食うにはあまり困らない。
むしろ、一人でもて余している。
電気もガスも水道もあるし、なんなら山からの湧き水が常時屋外の水場に流れ込んでいる。
仮に、電気が止まっても、ソーラー発電機と蓄電設備があるし、ガスが止まっても、裏山から倒木を持ってきて直火すればいいだろう。
困るのは畑を狙う野生動物だが、祖父母の代から生きている番犬が今も現役だ。猪だって熊だって追い払ってくれる。
5分も歩けば、幅が広く浅い沢で川魚を釣れる。
生活のほとんど全てが手元にあり、完結している。
仕事していた時からみると、信じられないくらいゆったりとした時間が過ぎていく。
このままここで朽ち果ててもかまわない。
そんな風に思っていたある日、突然、ヒーローになった。
ヒーローは、国が運営する機関 《ヒーロー協会》に登録する義務がある。
登録することで、自身の適性を確認し能力に応じた任務を振り分けられる。
戦闘能力が高ければ、戦闘ヒーローに。
回復能力を持っていれば、回復ヒーローに。
建物など人工物の修繕ができれば、特殊ヒーローに。
自身の能力と適性を知ることは、自身の人生を知ることにも繋がる。
だが、司は登録しなかった。
片田舎の引きこもりになったアラサー時代にヒーローになってしまったのだ。
子ども心を刺激され、車で15分かかる町に出現した怪人相手に、ヒーローデビューをやらかしてしまった。未登録のまま。戦い方も分からないままに。
結果、ボコボコにされた。
怪物ランク E という、怪物としては最弱レベルのいわば雑魚相手に、まったく歯が立たず。
駆けつけた別のヒーローが怪人を瞬殺するのを見て、自身の才能の無さを理解した。
そもそも、ヒーローは、変身した段階で、自分に何ができるかある程度分かるのだという。
自身の能力がまったく分からない司のようなヒーローもたまにはいるようだが、そういう者こそ《ヒーロー協会》に登録して適性を診断してもらうべきとテレビCMでもやっている。
ただ、怪人の脅威度ランクA~Eの中で、最弱の E 相手にボコボコにされてしまったことで、自身のヒーローとしての才能に見切りをつけ、いじけてしまっていた。
それでも、ヒーローとして現場に行くのは、自身が人としてもヒーローとしても落ちこぼれで役に立たないと腐っていた時、目の前で泣き叫び助けを求める声を聞いてしまったから。
幸い、ものすごく弱いくせに、非常に頑丈なのは、何度も吹っ飛ばされた経験から知ったことで。
これが他のヒーローであったなら、大体3回ほど吹っ飛ばされると立ち上がることができなくなるのを後で知った。
自分でもできることがあると、
自分でも守れるものがあると、
自分でも救えるものがいると、
怪人の出現を事前に察知する能力と、持ち前の頑丈さと、最後に残ったわずかな自負で、弱いながらもなんとか立ち向かい、他のヒーローが来るまで時間を稼ぐことはできるようになっていた。
それから、5年。
ろくに見向きもされず、認識もされず、感謝もされず、無償で戦い続けてきた。
……いや、戦いになっていたかも定かではない。
ただただ、ボコられて、吹っ飛ばされて、それでも立ち上がってきただけだ。
ヒーローは、だいたい10代半ばから20代前半の若者が成る。
司は適齢期を過ぎたアラサーでヒーローになり、5年。
キャリアはあるが、未だに怪人の撃破数、ゼロ。
これじゃあほんと、いる意味ないよな。
いやいや、時間稼ぎも立派に人を守ることになっているよ。
そんな風に、自己否定と、ほんの少しの自己肯定で心を支えている日々。
限界かなあと、ため息つくのは、10や100ではなかった。