1 ー 2 弱いヒーロー
syde : ヒーロー《ツンドラ》
『緊急警報。怪人が出現しました。若葉地区の皆さんは、速やかに避難してください。怪人は現在《若葉マーケット》の駐車場で破壊活動を行っております。付近の住民は、現場から速やかに避難してください。
繰り返します。怪人が出現しました。若葉ち』
間が悪い。いや、良いのか。
私、涼風ほのかは、怪人が出現したという緊急警報を聞き流し、避難所へと避難する人の波に紛れ込み、その波から吐き出されるように横道に逸れた。
今日は、朝からイライラしていた。
例えば、炊飯器のスイッチが入っていなくて、朝食を食べ損ねた。
例えば、通学路で歩いてくる老人を避けたら、後ろから早足で来た男性にぶつかられて、舌打ちされた。
例えば、結構がんばって勉強したはずの、テストの点数が悪かった。
例えば、私がいないところで言っていたつもりの陰口を、偶然聞いてしまった。
他にも、いろいろ。
表情に出していなくても、機嫌悪いのは分かるみたいで。
いつにも増して、クラスメイトから距離を取られていた。
そういうの、全部込み込みで、イライラしていた。
……だから、緊急警報が鳴ったときは、つい、喜んでしまった。
この、イライラを、ぶつけてもいい相手が、わざわざやってきたのだから。
……すぐに、不謹慎な話だと自分を諌め、軽い自己嫌悪に陥ったけれど。
意識を、切り替える。
敵は、怪人は、人類の敵。生きているもの全ての敵だ。
私が住む響町は、怪人/怪物と戦えるヒーローの数が少なく、登録しているヒーローのランクも低い。
もし、私より強い怪人だとすると、近隣に住む強い力を持つヒーローが来るまで、耐えなければならない。
雑念は、死を招く。
だから、苛立ちを一旦捨て去り、迅速確実に怪人を倒してしまわないと、やられるのはこちらの方だ。
左手を、虚空につき出す。
自身が夢想する理想のヒーロー像を具現化するための象徴が、具現化する。
一見、木製の箒。
しかしそれは、魔法の杖にして魔女の箒。
つまりそれは、魔法の発動体にして、空を飛翔するための翼。
「マジカル・チェンジ」
箒を握りしめると、足元に氷の結晶を思わせる水色の魔法陣が展開され、魔法陣が回転しながら足元から頭へとせり上がっていく。
魔法陣が通過した場所は光輝き、学校指定のローファーが編み上げのブーツへ、学校の制服が白と水色を基調としたコスチュームへと変化し、前を開いた青い縁取りの白いロングコートを追加装甲として着込み、頭には先折れのとんがり帽子。
全身白と水色に包まれたその姿、雪と流氷を思わせるその姿こそ、ヒーロー《ツンドラ》の変身した姿だ。
「……いくよ、《ほうき星》」
自身の相棒たる魔法の箒に語りかけ、乗り込み、空へと飛び出す。
ものの数秒で現場へ到達し、目を疑う。
白い、白衣のようなロングコートを纏ったヒーローらしき人物が、怪人の両手から生えている触手にビシバシと打ち据えられ弾き飛ばされながらも、すぐに復帰して怪人へ立ち向かっていた。
そのヒーロー? は、動きも遅いしフェイントもできないからまっすぐ最短距離を進んでは触手に弾き飛ばされて、それでもまた立ち向かっていた。
そのヒーローの、あまりの弱さに、学習能力の無さに、何度弾き飛ばされても怯む様子のない頑丈さに、一時、我を忘れて見入ってしまっていた。
3回、4回と弾き飛ばされる白衣のヒーローに、ようやく我に返り、怪人に攻撃を開始する。
「無慈悲に貫け、《アイスランス》」
右手をつき出し、力を解放する。
右手の先に氷の結晶を思わせる魔法陣が展開され、槍のように大きく鋭い氷柱が複数発生、怪人へと殺到する。
怪人の死角から、頭、胸、腹、両手両足、両手の触手をそれぞれ貫き、体の内側に絶対零度の冷気を流し込み氷像にした。
怪人が完全に動かなくなったことを確認してから、高度を下げる。
『同業者か。ありがとう。助かったよ』
国に登録しているヒーローには、怪人や怪物を討伐した者へ報酬が支払われることになっている。
助けられて素直に礼を言うということは、単純に人が良いか、報酬が減っても文句がない程度に生活に余裕がある人物か、勝てない相手に時間稼ぎをしていたかのどれかだろうか。
大きなアイマスクのような顔面用装甲をしている白衣のようなロングコートのヒーローは、人相も表情もうかがい知ることができない。
挨拶として握手を求めてきたので、礼儀として応じる素振りを見せると、急に走りだし近寄って来る。
即座に、何をされてもいいように身構えるが、白衣のヒーローは脇をすり抜け、棒状の武器を振るってなにかを叩き落としていた。
振り向けば、氷像と化したはずの怪人の片手だけ氷が割れていて、そこから触手が伸びていたようだった。
その触手も、再び凍り付き、バキリッと音を立てて折れた。
それに合わせて、怪人の氷像にバキバキと亀裂が入り、バラバラに砕け散った。
『……ふう、終わったか。……大丈夫? ケガは無いかい?』
気が抜けそうな、のんびりとした声。
助けたはずが、逆に助けられてしまった。
……ちょっと、カッコいいとか、思ってしまった。
「………………弱いくせに」
私の口から出るのは、感謝じゃなくて憎まれ口。
本当は、そんなこと言いたいわけじゃないのに。
『……うーん……。まあ、おっさんが弱いのは事実だし。まあ、きみがケガとかしてないなら、おっさんはそれでいいよ』
それじゃ、と手を振って去っていく白衣のヒーロー。
本音を言いたいのに、ひねくれてしまった今の私では、すぐに感謝を伝えるのはちょっと難しいみたい。
不甲斐なさに歯噛みして、落ち着いたところで、ヒーロー協会の方に連絡し、怪人を討伐したことを伝えてこの場を去る。
その日は、ずっとモヤモヤしてしまって、寝付きが悪くなってしまった。