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社長選会

いよいよ審査発表。

しかし、これで終わりではない。

 午後から行われた最終審査会・社長選会は三時間に及び、その日のうちに結果が発表された。

 候補企画は五つだった。そのなかで、《ガリンチ!》は全員一致で最優秀賞を獲得した。

 新規に導入する製造ラインの発注先については注文がついたが、幹部が推すSUGA工作機械が創業者一族に取り入っているのは想定済みだ。

 しかしここまで二人三脚で走ってきた乙浜エンジニアリングは何としても外せない。特に、あの新しいポテトスティックの、多層構造による独特のテクスチュアは乙浜の提案がなければ実現できなかった。

 上への筋を通すには、レイアウトまで含めたコンペを実施すればいいだろう。

 幹部がSUGA側にどんな情報を与えたとしても周回遅れが挽回できるとは到底思えない。


 会議室で認定証を授与されたあとは役員応接に移動して広報のインタビューを受けた。そのあと写真撮影があり、友田専務から今後の進め方についての簡単なレクチャーがあって、解放されたときには午後七時を回っていた。


 負ける気がなかった社長選会だから、勝ち残ったからといって感動もなく、作業部屋に戻る間も緊張感が解けることはなかった。本当に大変なのはこれからだ。

 プロモーションの責任者に誰を据えようか。

 売り方によってはパッケージのデザインを変えなくてはならないから、このポストは重要だ。

 広告代理店はどこと組むのがいいだろう。

 今回、意外にも風味への注文がつかなかったが、あと何回か消費者テストが必要だ。まだ確認しておきたい消費者区分がいくつかある。

 それにパッケージと実食感に乖離(かいり)があるとまずい。あ、そうか! だとすると消費者テストはパッケージ案ができてからでないと意味がないな。

 何から決定するのが最善だろう。タスクの優先順位はプロジェクトの成否を左右する。

 そうだ、原料調達も確認しておかないと。発売早々で品切れでも起こしたらペナルティーものだ。

 いや待て、品不足で飢餓感を煽るマーケティング戦略も有りか。これは広告代理店と相談だな。


 気が付けば肩は強ばり、眉間(みけん)には(しわ)を寄せていた。

 その顔で部屋に入ってしまった。

 メンバー全員が俺の顔をひと目見るなり、見てはいけないものを見たときの顔で下を向き、自分の世界に戻っていった。

 空気が重たくなり、コツコツと時を刻む音が脳内で反響する。

 どうしよう、やってしまった。

 誰も口を利かない。

 こんな日に限って電話も鳴らない。


 そのなかでひとり、

 「課長」

 花房さんだけが、まっすぐに俺の顔をのぞき込んできた。そして静かに、

 「恵乃森課長」

 「おぅ」

 「やり直し、ですか。指示があるんだったら早く出してください。まさか落選とか、ないですよね」

 全員が聞き耳を立てている。

 「いや、通ったよ。企画は変更なしで最優秀賞獲得だ」

 花房さんの顔面筋が一気に緩み、その直後に怒った顔になった。

 「もう! 暗い顔してるからみんな心配したじゃないですか」

 そう言って、俺の背中を思い切りはたいた。

 俺が「いて」と大きな声を上げるのと同時に、誰かがパーティー用のクラッカーを鳴らした。

 細い紙テープと金色のラメが部屋に舞う。

 「やったぁ!」

 「おめでとうございます」

 「おっしゃぁ」

 「忙しくなるぞ」

 明るい言葉が交錯し、互いに笑顔を見せ合っている。

 その中心に関根信太郎がいた。チームをこんなに明るくしたのは関根の功績だ。彼は三宅純江さんと一緒に俺をサポートしながら、人が嫌がる仕事を率先して引き受けていた。

 商品開発部との難しい交渉をまとめたのは小菅(こすげ)翔太君だ。お陰でコンセプトに妥協することなく、味と食感を極めることができた。

 休日出勤で市場調査を繰り返し、幹部が納得する戦略を立案したのは赤塚夏美さん。それをサポートして夜遅くまで数字をまとめてくれた友里(ゆうり)しずくさん。事業計画書が間に合ったのは彼女のお陰だ。

 鳳華(ほうか)大学との産学連携を構築して、スナック菓子が心理状態に与える知見を新たにしてくれた大先輩の山本秀二さん。

 あと大橋道江さん。難しい局面でのブレークスルーは、たいてい彼女のひと言が起点になった。いつも先を考えて、見えないところで手を動かしている成果だ。今も静かに笑っているが、大橋さんの経営センスがなければここまでこれなかった。

 もうこうなれば自分の昇格なんてどうでもいい。何としてもプロジェクトを成功させて、こいつらに報いなくては。

 そう思ったら急に視界がぼやけた。

 「もう! おまえら、泣かすんじゃないよ」

 感動なんてないと思っていたのに、気が付いたら右手の甲で涙を拭っていた。まるで子供だ。

 「ほら、明日から忙しくなるよ、頼むよ!」

 俺は照れもあって、両手でパンパンと頬を張って涙の気分を振り払った。

 「拓海さん、それ、相撲取りが気合い入れるやつ」

 関根だ。

 「うるせえバカ」

 俺は関根の首に手を回して首を絞める真似をした。皆がどっと沸いた。


 俺は、やってきてよかったと心から思い、明日から頑張ろうと決意を新たにした。


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