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窓際族

作者: 雉白書屋

「はぁー……ひっ」


 深いため息とともに、その部屋に足を踏み入れた竹井部長は思わず息を呑んだ。


「ん? あぁ……どうも、課長じゃないですかぁ」


 閉ざされた窓、日が差さないじっとりとした暗い空間。その奥で佇んでいた一人のその男のことを竹井は知っていた。そう、よく知っていた。


「あ、き、君は、いや、少し驚いたよ。だ、誰もいないと思っていたから。ははは……」


「……いますよ。よくご存じでしょう?」


 男が視線だけでなく、ぬらりと顔を竹井の方に向けた。

 竹井はぬぐっ、と思わず後ずさりし、目を泳がせながら言う。


「あ、いや、その違くて、ほら、君、もうクビになったと聞いていたからさ……」


「あ、そうなんですか? それは知らなかったなぁ。ほら、ここって情報が全然入ってこないものですからねぇ。会社の中なのにねぇ不思議ですねぇ……」


「あ、ああ……その、無断欠勤が続いてはさすがにね。と、気の毒だとは思うよ……」


「そうですかぁ……いやぁ、しかし課長がこの部屋に来てくれるとは思いませんでしたよぉ。こちらからは中々、課長がいる部署には行きづらいですからねーえ」


「ううん、まあ、うん。……それで君は、あ、忘れ物を取りに来たのか? それなら多分、ここじゃなく物置部屋かどこかに……」


「いやぁ、ははは! 物置部屋と言えばここがそうじゃないですかぁ、ひひひひ……」


「はははは……そ、それで違うなら、どうして……?」


「うーん、何と言うかねぇ……それより、どうしたんです? さっきから震えてるじゃないですかぁ。ちょっと寒いですか? 

……あ、まさか私が課長に恨みを抱いているとでも? 課長が私をこの追い出し部屋にやり、窓際族にしたことをねぇ」


 そう言った男がニタリと笑うと竹井は全身の肌が粟立つのを感じた。が、相変わらず空気は生ぬるい。巨大な口腔内にいるようであった。

 竹井は今すぐに手に抱える荷物を投げ出してでも、ここから逃げ出したかったが、それもできない。どこへ行き、誰に伝えればいいのかわからなかったのだ。


「そ、そ、それは、その……しかしだね、あれは私も手を尽くそうかなとは……」


「順風満帆だった私をねぇ、嵌めたんですよねぇ?」


「そ、それは人聞きが悪い! かな、少し……」


「ふふふふふふふ、不思議ですねぇ。あんなに力強く、自信に満ちていた課長が今は小さく見えますよ」


「そ、その……す、すまなかったぁ!」


 竹井は荷物を放り投げ、目を閉じ頭を下げた。

 ドスンと音がした。それで誰かがここに顔を出してくれたらとも思ったが、廊下からは足音一つ聞こえなかった。

 男は黙ったまま、その場で立っているようだった。

 竹井は沈黙を嫌がり、和ませる意味で言った。


「あ、あと、そ、その、今は課長じゃなくて、私、部長なんだ……」


「ふっ、今それを言って……うん? あ、じゃああなたもですか! ははは! ついに! その荷物! ああ、そうでしたか!」


 と、男の思わぬ喜びように少々引きもしたが、場は和んだようなので竹井はひとまず安心した。


「そうですかそうですか。課長も、いや部長も一人横綱ですかぁそうですかぁ」


「あ、ああ。実はそうなんだ。私も君と同じ、この追い出し部屋の住人というわけさ……」


「ええ、ええ。でしたら、さささ、こちらへどうぞ。いい暇の潰し方を知っているんです。どうせ仕事なんか回してもらえませんからねぇええ」


 この、自身がクビになったことも知らない、それにクビなのに会社に来ていることも知られていない彼と自分は同じ穴の狢か……。と、突然向けられた仲間意識に竹井は気が滅入った。

 もしかすると、この先も二人でここで勤務時間を過ごすことになるのでは、いや、給料は出ないんだ。さすがに彼も職探しせざるを得ないだろう。今は辛抱だ……。

 男に促され、竹井は苦笑を浮かべつつ、部屋の奥。窓の近くまで進んだ。


「その壁ですよ、ええ。ほら、このビルのこの部屋。他のビルに囲まれてて日の光が全く入らないんですけど、そそそ、そこですよほら、見て」


「な、なんだね? 暗くて……」


「ウィリアムです」


「ん、は、は……?」


「壁ですよ壁。壁にある顔。あ、と言ってもそう見えるだけですがね。ええ、わかってますよ。ははははは」


「あ、あははは……顔、ね。ん? ああ、この染みか。丸いシミが三つであ、ああ、確かに顔に見えるね。なんだっけかね、こういうの。シミュなんとか、でもそれが……」


「いい話し相手になるんですよぉ。一人で出勤から終業までここにいるとねぇ、頭がねぇおかしくなりそうなんですよぉ!」


「ひっ、そ、それはその、気の毒というかなんというか」


「ああ、いいんですよ。今はもう部長も仲間入りですからねぇ、ははははははは」


「あ、はははははは……でも君は、だからもう会社には、え、あ、き、君! ど、どういう、外! 外!」


 終始、部屋の隅、暗がりにいた男。近づき、よく見ればそれは窓の内側、室内にいたのではなく窓の外側にいたのだ。

 驚く竹井。男は肩を揺らし笑い続ける。


「ははははは。ああ、そうなんですよぉ。はははは、ついに窓の外にまで追いやられちゃったんですねぇはははははは!」


「う、浮いて、これは、どういう……あれ、下に……何か……白い……」


「はははは、ああ、今そんなに窓の下を覗き込まなくてもいずれ会えますよ……この部屋の前任者たちにね……」

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