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花に月  作者: 凛音
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1,始まりの玫瑰花

始めまして。

凛音と申します。

最期まで、読んでくれると嬉しいです。

瑜樹と梓瑛の出会いをお楽しみください。

私は、結構運命論者だからあなたと出会えたのは運命だと信じているけれど、貴方はきっと現実主義者だから運命なんかじゃないっていうんでしょうね。


広大な屋敷の一番日当たりの良い部屋で恋愛小説を読むのが私の日課だ。侍女の(ユエ)が淹れてくれた花茶を飲みながら文字を追う。言葉とは不思議なものだ。一つ一つは唯の記号なのに綴ると心を真綿のように包み込んでくれたり剣のように刺してきたりする。本日、読んでいるのは玫瑰花(メイグイファ)だ。

昔々、とても美しい遊女が居た。彼女はその美しさから琪瑶(キヨウ)と呼ばれ、諸公も通うほどであったとか。そんな彼女を一目見て恋に落ちた、ある諸公の息子は熱心に通いつめ、多額の金を払うものの彼女に触れることは一切しなかった。そんな彼のことを最初は訝しんでいた琪瑶だったがいつしか自分に真摯に向き合ってくれる彼に恋に落ちていき…。という話である。

「あぁ、私もそんな一途で狂おしいほどの恋がしてみたい」

ほぅっと机に頬杖をついて溜息を吐く。

「また、瑜樹(ユジュ)様は夢物語を」

「夢物語かどうかは分からないじゃない」

「夢物語ですよ。良いですか、瑜樹様。瑜樹様は(てい)家の姫なのですよ。御父上様は宰相。いずれは後宮に入り五人いる太子様のどなたかに嫁ぐことになります。これは可能性では無くて確定事項なのです。恋だの愛だのをすることはありません。可哀想なことだとは思いますが。それが、瑜樹様の役割なのです」

私は、玥の目の前に人差し指を立てて反論する。

「えぇ、そうよ。玥の言う通り私はいずれ後宮に入る身。花が咲き、人の手に摘まれ花瓶に飾られるように私も育まれて太子様の妻になる。それは決定事項なのも分かっているわ。でも、でもね、もしかしたら太子様と恋をするかもしれないじゃない」

虚を突かれたように玥が黙りこくる。

「まぁ、それはそうですね。太子様と瑜樹様が恋に落ちてくだされば、鄭家にとっても瑜樹様をお慕いしている私共、侍女一同にとっても嬉しいことはありません」

「そうでしょう?希望は捨てずに生きていきましょう」

にこりと微笑む。髪を春の穏やかな風が揺らす。長く手入れの行き届いた髪は絹のようにさらさらと音色を立てた。

「瑜樹様。瑜樹様の前向きな姿勢に玥は感服いたしました。瑜樹様のその明るく美しい心根に太子様もきっと惹かれることでしょう。それに、瑜樹様は心根だけでなく、見目も麗しゅうございますしね。太子様もきっと他の妃など目にもくれなくなりますでしょう。夢物語などと言ってしまい申し訳ありませんでした」

玥が腰を折って謝罪する。別に謝ることでは無いのに。

「顔をあげて。玥が謝ることは何もないわ」

玥の顔を、そっと掌で包んで顔をあげさせる。生まれてからこのかた人に謝られるのは得意ではないのだ。

「瑜樹様…」

複数の足音が聞こえてくる。扉が開かれて、父が入ってきた。

「瑜樹。少し良いか」

玥が父に深くお辞儀した。私も挨拶のお辞儀をして顔をあげ、父を見る。父が私の部屋に来るなど珍しい。一か月以上見なかったので顔を忘れるところだった。相変わらず眉間のしわが彫刻の刻印のように刻まれたような顔をしている。昔はあれでも美青年として宮廷で有名だったのよ、という母の言葉を私は未だに信じれずにいる。

「お父様。随分お久しぶりですわね。今日は一体何の用でしょうか?」

「最近忙しくてな。それより、今日からお前の護衛を務める李梓瑛(リシエイ)だ。良くしてやりなさい」

父に紹介された、李梓瑛を見て父をもう一度見て私は心の中で小首を傾げた。父が直々に連れて来たというだけでも不思議なのに良くしてやりなさいまでとは。とても気に入っている人なのだろうか。いずれは、鄭家の重役にしたいと考えているとか。いや、それにしても…。

「梓瑛は大将軍殿のご子息でな。いずれは宮廷や国を守る立場になる。だがその前に見習い期間を設けたいのだと大将軍殿に相談されて、それならうちで面倒を見ましょうということになったのだ」

「左様でございますか」

なるほど。そう言うことなら、この特別待遇にも納得がいく。大将軍様のご子息なら父も丁重に扱うというものだ。

「よろしくお願いいたします。瑜樹姫」

言葉少なに、彼は挨拶の言葉を述べると軍人らしい無骨なお辞儀をする。一括りにした長い黒髪、切れ長の目に深淵のような黒い瞳を宿し、鼻梁の整った顔立ちをしている彼は、一般的に美青年と呼ぶにふさわしい相貌だ。まあ、不愛想さが全て、かき消していて私は苦手なタイプだけれど。

「よろしくお願いいたします。梓瑛様」

私も、にこりと微笑んでお辞儀をする。いずれにせよ、期間限定の護衛殿だ。そんなに関わらなければ問題ない。

「では、私はこれから宮廷に戻る」

そう言うと、父は去っていった。何ともあっさりしたことだ。一か月ぶりにあった可愛い娘に対して、用件だけ告げて去るとは。まぁ、もう慣れたけれど。寂しいなどと思っても居ないけれども。

「梓瑛様。お茶でも飲まれますか?」

玥が気を利かせて聞く。護衛とは言え、大将軍のご子息様だ。実質、お客人みたいなものである。

「いえ、結構です。私の任務は瑜樹姫の護衛。お茶を飲みに来たわけではありませんので」

「左様でございますね。申し訳ございません」

気まずい沈黙が流れる。なんてことだ。自分の部屋なのに。私は、なんでこんなに居心地の悪さを味わわなくてはならないんだ。厄介だ。実に扱いづらい者を父も置いて言ったものだ。

「梓瑛様、春の陽気が良いので私は少し庭に出て花を摘んで参ります。私の秘密の場所なのです。申し訳ありませんが、こちらでお待ちいただけませんか。庭ですので危険はありませんし」

私は、気まずさから逃れるために、何とか部屋からの脱出を試みた。なぜ自分の部屋なのに私が逃げなくちゃいけないんだ、とは思いはするものの、このままここに居て気まずい思いをするよりも何倍もましだ。逃げるが勝ちである。

「承知いたしました。それと、瑜樹姫。ここに居る間は私は瑜樹姫の護衛。様は要りません」

細かい。そんなこと突っ込んでこなくても良いのに。

「そうですか。では、梓瑛。また後で」

私は逃げるように梓瑛の横をすり抜けて扉を出た。


「はぁ。疲れた」

庭にある小さな東屋で私は机にうつぶせになりながら呟いた。あんなのが、これから四六時中一緒など考えただけで眩暈がしそうだ。気まずすぎて死んでしまう。主に心が。物理的に死ぬことは無いけれど。心が死んだら、それは実質的な死だ。だから、人は心にも栄養を与える。心が死なないように。実質的な死を迎えないように。

「あぁ、戻りたくないな」

私の声はザアっと吹いた風にかき消された。私の人生において父が決めたことは絶対だ。かき消された声のように、私が不服を訴えることなど許されない。絶対的なものの前で私は無力だ。宰相の姫だ、将来の妃だと言われているが所詮、傀儡の人形と同じ。瑜樹という名前の器があれば中身など何だっていいのだから。


梓瑛が私の護衛になってから数日が経った満月の夜。私はどうしても寝れなくて寝台の上を右に左にコロコロと寝返りを繰り返した。偶にあるのだ。眠いのに、目をつむっても睡魔が襲ってこなくて、鏡のように鋭く冴えてしまうことが。

「仕方ない。お茶でも飲むか」

こんな時は、お茶でも飲んで朝まで時間を潰すのが一番いい。けれども、夜も深いこの時間に侍女たちを起こすのはさすがに忍びなくて自分で淹れようと寝台から静かに起き上がり茶葉のある部屋まで行く。湯を沸かす間に部屋に差し込む光を何とはなしに見上げた。

「今日は満月か…」

何故か無性に満月が見たくなってしまってお湯をそのままに庭に出る。

そこには、満月に照らされる中で、ひらりひらりと舞う梓瑛の姿があった。いつもの張り詰めは雰囲気はそこにはなく唯々、美しい。月下美人のように華やかで白くて無垢なのに妖艶で危うい。切れ長の瞳が月の光を反射して、まるで神様みたいだ。

「綺麗…」

梓瑛が私の声に気付き、気まずそうに踊りを止める。勿体ない。もっと見ていたかったのに。

「瑜樹姫。お恥ずかしいものをお見せしました。私はこれで」

お辞儀して足早に去っていこうとする梓瑛の袖を掴んで私は引き留めた。

「待って」

「瑜樹姫?どうかされましたか」

不思議そうに見据える梓瑛に私は返せる言葉がない。だって、私自身、どうして引き留めてしまったのか分からないから。引き留めて、どうしたいかも。でも、どうしても、引き留めなくてはいけないような、そんな気がしたのだ。

「あの、お茶でも一緒にいかがですか」

「申し訳ありませんが、結構です」

断られるのは想定内だった。いつもだったら、ここで引き下がっている。そもそも引き留めても居ないか。でも、今日はもっと彼と一緒に居たいのだ。

「梓瑛。貴方は私の何ですか」

私の質問に虚を突かれたように切れ長の目を丸くする。そうすると、少し幼く見えて何となく可愛い。いや、可愛いってなんだ自分。

「護衛です」

困惑しながらも梓瑛が答える。

「そうです。大将軍様のご子息であろうと、ここに居る間は貴方は私の従者。拒否など認めません。貴方は私とこれからお茶をする。よろしいですね?」

毅然として命じる。こんな風に誰かに命じたのは瑜樹として、この世に生を受けてから初めてのことかもしれない。姫として生まれたものの、人に何か指図するというのが苦手で侍女たちにお願いはしたことはあるものの相手の意見を押し曲げて命じることは無かったから。

ある意味、人生で初めての我儘ともいえる。

「随分と強引なお姫様ですね」

「姫とは往々にして強引なものです」

一つ、梓瑛が溜息を吐く。

「分かりました」

私は、梓瑛が首肯してくれたことに、ホッとする。

「では、決まりですね」

深夜の満月が見守る中で、二人だけの秘密のお茶会が始まる。



最後まで読んでくれてありがとうございます。

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