EP8 始まりの朝
『ねぇ、あなたは、私は、一体、何者、なの、?』
『……え……何の話?』
『私は、あなたは、フィリア。
そして、■■、海■』
◇◇◇
「……んっ……」
カーテンを閉め切ったガラス張りの窓から、少しだけ光が、漏れ出している。
「朝だ……」
私は、一応布団があったので、そこでぐっすり眠っていた。お陰で、かなりの安眠を取ることが出来た。
「寒っ、すぐにでも着替えよう……」
リナ様曰く、私の服として買っているのはメイド服しかないらしく、今の私は鈴のついた首輪と貫頭衣だけの、買われたときと変わらない様相をしている。
言うてまだ4月だ。肌寒いのは当たり前だ。
「……フィリア、起きていたの……?」
「あ、おはようございます……あの、ベッドから出てこられては?」
「嫌よ。寒いし……あ、そうだ。服持ってきて」
「はぁい」
私はクローゼットの中を探る。青色のシャツとスカートが、リナ様の制服だろう。私の服と一緒に取り出して持って行く。
「持ってきましたよ」
「ありがとう。せっかくだからこき使わないとね~」
「本人の前で言いますか、それ」
堂々とそんなことを言い放たれた。わざわざ口に出すのは何故だろう?
そんなリナ様を横目に、私も時間に遅れないように、すぐにメイド服に着替えていく。
◇◇◇
「これって、昨日のパンですか?」
「そうそう、早く食べちゃって。もうすぐに出るから」
食堂が使えるようになるのは、今日の夜かららしい。
なので、朝ごはんは昨日買ってきていたパンのあまりだ。パンは普通に保存すれば数日はもつので、保存食としても優秀だ。
徹底的に保存専用にした乾パンなんかもあるくらいだ。
「ん……おいしいけど量が結構多い?」
私が食べているのは、ハムっぽいやつとチーズが挟まったバゲット……いわゆるフランスパンだ。フランスのことは全く知らないが。
「ガリガリなんだからそれくらい食べないと。学園の敷地もかなり広いからすぐにお腹すくよ」
「んぷ…………あぃ」
私は、大量のバゲットを無意識に口の中に押し込んだ。
もしかして今、隷属術式使った?だとしたら発動条件緩すぎると思う。
「まー、頑張って」
私は必死に口を動かす。こう見えて……いや、見たとおりにめちゃくちゃ苦しい。
「……食べ終わりました……」
「オッケー、じゃあ行きましょうか」
食べ終わって、今までに見たことないくらい大きくなったお腹を抑えて、私は外に出た。
まず見えるのは、広い廊下、そして目の前に広がるガラス張りの窓だ。
私は歩き出した。
カツンッ
「…………あれ?リナ様……?」
私は、その場で立ち止まった。誰もいない、広い廊下。
正しく、そこには誰もいなかった。
「……な、何が……」
視界がクラクラする。限りがあったはずの壁が、永遠にも思えるほど、長く広がっていく。
長く、永く、果てしなく…………
◇◇◇
「…………リァ……フィリア!!」
「……………!っはい!!」
「今、すごく意識が飛んでいたみたいだけど、大丈夫?」
「は、はい、問題ありません……」
歪んでいた景色がもとに戻り、現実の世界に戻ってきた。
大丈夫だ、違和感はない。さっきのあれは幻覚だったのだろうか、ストレスが溜まっているのだろう。
「調子が悪いなら、部屋で休んでる?」
「いいんですか?」
「フラフラの状態でついてきても大変なことになりそうだし、別に連れてこいとは言われていないからさ。掃除でもして待ってればいいよ」
「そうさせてもらいます……」
今外に出た直後だが、大事をとって私は部屋にいることにした。一日休めばこの幻覚も回復するだろう。
◇◇◇
「良かったのかな、本当に行かなくて……」
だだっ広い部屋の中には私一人だ。掃除でもして待っていればいいとは言われたが、掃除できるような場所は見当たらない。
私は窓の外を見る。一面の海原だ。
さざ波を立てて、この建物が建つ崖側に押し寄せてくる。
「……なんか……疲れた」
起きたばっかりなのに、私は強烈な疲労感に襲われ、椅子の方へ向かっていく。
私は椅子に腰掛けた。机の上に腕を投げ出して私はぐったりする。
また、さっきの感覚だ。頭の中にノイズが混じるような、不快な感覚。
「気持ち悪い……」
首輪の鈴が小さく鳴る。
―――――――――…
―――――――――――――……
「あっ…………」
はるか向こうに、光が見える。はるか向こうなんて見えないはずなのに。
私は、また永遠の世界に閉じ込められた。