EP4 黒髪の少女
「冷たっ……水浴びなんていつぶりだろう……っていうか、見てないですよね?」
「見てない。身体洗ったらさっさと出てこい、いろいろとデータも取らなきゃいけないんだ」
店内に入ってすぐに、服とも言えないような薄汚れたボロ布を引っ剥がされて、小さなシャワー室のような場所に放り込まれた。
正直、水浴びなんて軽く一ヶ月はしていないので、もっと浴びていたいくらいだが、命令らしいので、さっと洗ったらすぐに出ることになりそうだ。
「……長くないか?」
「まっ、まだ髪しか洗ってません!」
「もう10分は経った。さっさと出てこい。」
「いやぁ!引っ張らないでください!」
私はびしょ濡れの体を引っ張り上げられ、タオルを投げつけられた。しずくが残らないように拭いたら、今度は服を投げつけられた。
至極シンプルな貫頭衣みたいなものだ。少なくともさっきの服(?)よりはマシだとは断言出来る。
首輪を再び着けられて、隣の部屋に入る。多分データというのは身体の情報だ。いわゆる身長とか体重とか。
「135……お前チビだな」
「十分な栄養がないのに育つと思います?」
「よくそんなこと知っているな」
その後もいろいろなところをメジャーで量り取られた。身長の他にも、足の長さや腕の長さ、スリーサイズも忘れずに量り取られた。
スリーサイズが全部同じくらい?余計なお世話だよ。
「体重は……27.6キロか……軽いな」
「当たり前ですね」
あらためて言われると、私って気づいていないだけで、かなり危ない線を行っていたらしい。
慢性的な栄養失調、十二年間生きていたのをまずは誇るべきかもしれない。
(栄養失調がなんだかはわからないけど)
◇◇◇
さっきの店頭のところまで戻ってきた。かなり大きめのガラスケースみたいなものがいくつも並べられ、中には私と同じように、首輪に繋がれた人間が座っている。
「じゃあ、お前はここだ。大人しくしていろ」
「……もしかして一日中ここで過ごすんですか?」
ずっとこの中にいると身体が弱りそうな気がする。店主の人はうんざりしたように、私を中に押し込んで、扉を閉めてしまった。
「えっ、ちょっと待ってください!って、聞こえてますー!?もしかして防音?そんなガラスあるの?」
さっきの質問には結局答えてもらえなかった。しばらくすれば、彼の姿は見えなくなり、仕組みのわからない防音ガラスに囲まれた小さな空間が残されていた。
動くと、首輪に着けられた鈴がチリンと鳴る。なんか、本当にペットか何かになった気分だ。
(これは、本当にいるのかは知らないけど、没落貴族の人とかにとっちゃ屈辱的なんだろうなぁー、プライドが無いって生きやすいね)
私は外を見ながら横になる。閉塞感はあるけど、足を曲げれば横になれる広さだ。
「……あの人たちはいつからここにいるんだろう」
ここにいるのは若い人々ばっかりだ。あまり長い期間いるわけじゃないだろう。今一番歳をとっていそうなのは、目分量で二十代後半くらいの女性だ。
「……」
私は無言でガラスを叩いた。二十歳までここにいるのはまっぴらごめんだ。
◇◇◇
「シャバの空気が恋しい」
私は、どこで覚えたかもわからん言葉を呟いた。
あれから更に一週間ほど経った。ちなみに、今までここから出してもらえた事はない。
たまにお客さんのような人が、来ることはあったが、私の方は見向きもせずに、買った奴隷と一緒に店を出て行ってしまう。
二十歳まで売れ残りコースも、ありえない話じゃないかもしれない。
そんな今日も、一人のお客さんが店にやってきた。
相変わらず防音ガラスのせいで声が聞こえないが、かなり悩んでいるようだ。
「……………!」
私と目線が合った。すぐにその人がこちらに向かってくる。
黒い髪に、茶色い瞳、どこか親近感を覚える見た目の少女は、こちらをじっくり覗き込んでくる。
「……………………………………………、…………………?」
「………………、………………………………?」
「………………………………………………」
めちゃくちゃ気になる。一体店主と何を話しているのだろう。
私の前で話し始めてから少しすると、少女が懐からお金を取り出して、店主の方に渡した。
ガチャリと、ガラス張りのケースを閉めていた扉の鍵が外れて、今まで聞こえなかった外の音が、耳に飛び込んできた。
「えっ……」
「おー、やっぱり凄くかわいいね
私はリナ、今日から私があなたのご主人様だよ!」