EP2 最底辺のスタート
いつの間にか寝ていたようだった。古びた木の板の隙間から日の光が漏れ出している。
「ん……もう朝かぁ……」
昨日のうちに逃げようかとも思ったが、結局そのままここにいる。逃げたところで、どこかで食料が尽きて野垂れ死ぬビジョンが目に見えているのだ。
それに、能力さえあれば、意外と好待遇だったりするのだ。
(……まあ、逆も然りだけど)
私はドアを開ける。
「おはよー、あれ?誰もいない……」
だけど、両親がいたはずの隣の部屋には誰もいない。机や椅子も片付けられていた。
「何があったのかなぁ……」
てっきり部屋から出てきたところを縛り上げたりするのかと思っていたら、なんにも無いので拍子抜けした。
あの話は無しになったのだろうか。
「どこかに出かけているのかもね~、なら私が仕事して待っていれば…………あれ……誰か首元触った……?……う……」
私の首元におかしな感触が走り、すぐに意識が朦朧として視界が暗転した。
昨日の話は、嘘ではなかった。
◇◇◇
「……ま、これでいいか。最後くらいは会ってやればいいのに」
「いろいろ事情があるんだろ。たとえばそうだな……こいつに家族への未練を残さないようにとかな。この仕事していると、そういう奴らは多いんだ」
「最後の愛情ってやつか。俺らは半分悪党みたいなもんだからよくわかんねぇな」
俺たち二人は、スキルでうまく無力化出来た人間を前にして、そんなことをいつものように話していた。
こいつの両親と思われる奴らは、金を渡したらすぐにどこかに行ってしまった。
「顔は悪くねぇのにな。勿体ねぇ」
「ま、生まれがここって時点で、玉の輿でもなけりゃ大体末路はこれだ、まだ可能性があるからな。お前が仮にここらへんの農民だとして、意地張ってそのまま貧しい生活を続けるか、奴隷になって待遇の改善を少しでも狙うか、どっちを選ぶ?」
「実際にそうなったら……まあ、ワンチャンかけてみるのもいいかもな」
「そういうことだ。それより、まずはこいつの品質を確かめろ。『ステータス解析』でさ」
「はいよ…………えーと……ちょっと待て」
俺はそれを見て、ピタッと固まった。ある部分を除けば、そこらへんの奴らと大して変わらないステータスだが、
そのある部分が、ずば抜けておかしかった。
「『賢者の記憶』ってなんだよ……」
「あ~……確かにおかしいな……辺境の生まれでこんな大層なスキルを持つやつがいたのか……」
「解放度は1%か、道理でさっきまで気の抜けたような顔していたわけだ……だが、成長性はあるな……結構高く売れそうだな」
まだ頭はそこまで良くないようだが、成長性だけなら一級品だ。
「まさかこんな当たりを引くとはな、あっちの店主の反応次第だが、『都』の方まで持っていけるかもな」
◇◇◇
「……んぁ……首元が重たい……」
地面から続く断続的な揺れによって、私は目を覚ました。
少し重量を感じた首を触ってみると、硬い金属の首輪がはまっていて、鎖はこの部屋の壁に繋がっていた。
自由に動ける状態じゃないし、この高速で動いている車から飛び出したら大怪我するだけだ。
「……私、これからどうなるんだろう……」
つい先程まで、あんまり感じなかった不安が一気に込み上げてきた。そもそも何でこの状況になるまで危機感を抱かなかったのだろうか。
「私の中にどうにか出来る自信があったの……?そろそろ私の思考が恐ろしくなってきた……」
私は大きくため息をついた、そして自分頭上にあった鉄格子から外を見る。
周りの景色がグルグル変わる。丁度海沿いを走っているようだった。
「知らない景色ばっかり……今はどこに向かっているのかな」
9割の不安と1割の興味を持って、最底辺から、私の人生がリスタートした。