EP1 フィリア
さんさんと太陽の光が大地に照りつける。
私は、作物など育ちそうにもない痩せた大地に、鍬を振り下ろす。
「……ふぅ……何やってんだろ、私……」
私は、フィリア。名字はない。平民に名字がないのは当たり前だけど、何故か私はそれに違和感を覚えている。
(痩せ細ったこの大地は、どれだけ開拓しても意味ないんだろうけど、やらないと食べていけないんだよね)
こういう土地にあった作物が確かあったはずだが、今はそれが全く思い出せない。
最近の私には、知らないはずなのに知っている、だけど詳細をまるで思い出せない、そんな不可解なことが多々ある。
(こういうのも、何か名前がついていた気がする……デ、デジ、デザ……駄目だ〜、思い出せない……)
この現象を実感し始めたのは、つい最近のことだ。十歳になって、本格的に両親を手伝って畑仕事をしてから、私の知らない知識が、非常に不明瞭な状態で浮かび上がるようになった。
おそらく、畑仕事にも関係するものだろうが、今の私にはそれを活かしきることは出来ない。
「なにせ名前がわからないんだもん……匿名掲示板の人たちみたいに」
そこまで言って、私はまた考えた。はて、トクメイケイジバンとは、一体何なのだろうかと。
「???……もういいや……今日は休もう」
私はすべてを放っておいて、家の中に入っていく。
雨漏りはする、そもそも日差しも防げない、雑に作られた快適とはお世辞にも言えないマイホームだ。
私は、凄くごわごわしていて、荒い麻布の布団?の上に寝転がった。
私の服も似たような感じだ。ずっとこれを着てきているはずなのに、今になっても凄く違和感を感じる。
(違和感といえば、小さい頃から知っている“救世主”の意味は、何故かずっと覚えているんだよね)
いくつもあるわけのわからない、出処もわからない知識の中でも、この言葉だけは意味もはっきりと覚えている。
(救世主、そのまんま人々を救う者という意味だよね、何で私がそんな言葉を知っているんだろう)
私はしばらく考え込んだ。だけど、結局結論は出てこなかった。
◇◇◇
しばらくすると、両親が帰ってきた。
だけどそこに笑顔はない。今日も収入がなかったのだろう。
最近はずっとこの調子だ、もうすぐ食料も底を尽きる。
「じゃあ、おやすみ」
お風呂なんてしばらく入っていない。パンを一片と、少ない水だけの食事をとったらすぐに寝る、いつも通りの私のルーティンだ。
私は、一応存在する自分の部屋に入る。
ドアを閉めたら、ここは私しかいない私だけの空間だ。
「……何か話してる……?」
薄い木材の壁越しに、両親の話す声が聞こえる。いつもとは様子が明らかに違っていた。
「フィリアもずっと働いてくれているけど……もう限界よ……食料ももうすぐに無くなる、私達じゃ、もうあの娘は養えないわ……」
母の声が聞こえる。
「ああ……きっとあの娘は、生きていればいいことがあるはずだ……顔もいい、ここで死ぬよりかは、まだ……」
父の声も聞こえた。
まさか、私が聞いているとは思ってもいないのだろう。
私を売ろう、と、そう二人の口から飛び出した。
「……」
私は黙っていた。このあたりの家庭の内情はよくわかっている。
人々はただ単に自分が金をもらうために、子供を産んでは売ってを繰り返す家も少なくない。
この辺境の地で、どれだけ、子供を大切にしようと思っても、必ず限界が来てしまう。
「仕方ない、ことなのかな」
私は自分を納得させて、寝転がった。やっぱりどこかに違和感が残っていた。