EP10 最終目標
私は小さな木製のベッドで寝かされているようだった。すぐ近くには窓があり、そこから温かい光が差し込んでいる。
「はーい、ご飯持ってきたよー」
「あ…ありがとうございます」
ここは、村の小規模な診察所らしい。怪我とかはもうなにもないというのに、川のほとりで気絶していた以上、まだどこかに不調があるかも知れないと言われて、引き止められているところだ。
「ところで、一体あなたはどこから来たのよ」
「私は、つい昨日まで……えっと……」
「まあ、無理に言わなくていいけど、もし帰りたいなら送り届けられるかも知れないじゃん?」
「いえ…大丈夫です」
さっきの女の子は、そう、とだけ言って、この部屋を出ていった。私は、隣のテーブルに置かれたパンを、一つ取って食べ始める。
「……もしかして、記憶までリセットされてる?リナの名前は覚えているのに…顔は思い出せない。あの場所に関する記憶も飛んでる…度々こんなことが起こるんじゃあ、やっていけないよ」
まるで、古びたカセットテープで音飛びが起こるような感じだ。大事な部分だけ都合よく抜け落ちているような感じがする。
「これじゃあ、帰ろうにも帰れない……いや、帰らないほうがいいのかな……色々と面倒なことになりそうな気がする……」
私の頭は、一応目覚めてから少ししたあと、あの夢の内容を整理することに成功している。
あの言葉が私に求めていること、それは、要約してしまうと『神薙里奈を倒せ』ということかも知れない。
色々飛躍しているかも知れないが、おそらく私を強引にリナから引き剥がしたのは、奴隷という立場からの下剋上が、異常に難しいからというので辻褄が合いそうだ。
誰の意志かは知らないが、その誰かさんは、リナがヤバいことを起こしそうなのを予感して、私を救世主に仕立て上げよう(うまい具合に操ろう)ってクチらしい。
「今度のご主人様は名前も顔も知らない誰かさんってことね……嫌なんだけど」
ならば、私はその誰かさんの正体を突き止めなければならない。その後、なんとかは決まっていないが、なんとかしてこの束縛を振りほどく。
そいつの事情なんてどうでもいいので、まずはこっちが最優先課題だ。
(私はそれまで生きていられるかな)
◇◇◇
アンデルシア連邦は、人間の創った国だ。君主は居るが、政治の実権は持たない、予め制定された憲法のもとに、優秀なものを国家が集めて政治を行う、立憲君主制国家だ。
ただ、この国家は別に人権を保証しているわけでも無いし、かなり強力なカースト制度のもとに成り立っている、他の部分は完全に度外視した、極端な才能主義社会だ。
だから、庶民の生まれでも、才能さえあれば出世できるし、逆に言えば、貴族の生まれでも、才能がなければ一気に奴隷転落なんてことも珍しくない。
だから、才能のあるものしか集まらないフランダムは、学問の町と呼ばれるわけだ。
そして、その東側に位置する大帝国は、今アンデルシア連邦が総力を集めて戦争中の知能を持った獣たちが支配する、万獣帝国だ。
その万獣帝国西部・瀑烏城、この戦争の激戦区で、一つの動きがあった。
「攻めろ攻めろ!!まだこの城を落とせんのか!」
人間側の将軍は、声を張り上げて叫ぶ。堅牢な城壁に囲まれた瀑烏城は、そう簡単には落とせなかった。
(あちらの兵器は、前時代的な弓矢と剣、あとはちょびちょび飛んでくるスキルの攻撃のみだというのに!!)
この戦いは、万獣帝国の籠城戦だ。人間側は大量の重火器で攻め立てていて、いつ崩れてもおかしくない状態のはずなのだ。
なのにびくともしない。スキルの防護結界の可能性も考えて、それを乱すような攻撃を仕掛けても居るが、それでも状況が何一つ変わっていない。
両軍膠着状態、長期戦の覚悟で挑まなければならなかった。
「むごいですね」
「っ!?誰だお前は!?」
再び人間側が攻撃を仕掛けようとしたその時、将軍の耳には一つの声が入ってきた。
小鳥のさえずりのような美しい声は、心に働きかけて、戦意がどんどん薄れていった。
「私は、ある者を探しに来たのです。ここに来たのはその道中、まだ戦う意志があるのなら、そのまま戦い続けるといいでしょう」
その少女のシルエットは消えて、あとには、一時の静寂が広がる城門があった。
「……撤退だ、やる気が失せた」
「…わかりました」
一回目の瀑烏城の戦いは、こうして幕をおろした。万獣帝国の軍はそのまま瀑烏城にとどまり、アンデルシア連邦の軍は、アンデルシア連邦内の、アラド城まで撤退した。
その謎の少女の行方は、終ぞ分からなかった。




