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第4話 サルと委員会と、新しい仲間と

*4*

 掲示板で再度クラスを確認して、1-Cクラスに向かう。しょんぼりと俯いているうちに,今朝の蓼丸の言葉を思い出した。


「女の子が、俯いちゃだめだよ。前を向いたほうが綺麗だ……と、呼び出しか」


 そう、前向き、上向き。前を向いたら自然と背中も伸びて来る。


「おはようございます!」最初の一声を上げて、教室に入ると、新入生たちはぎこちなく挨拶して見せた。


 誰も彼もが緊張している。(よろしくよろしく、一年間の仲間たち)の思いで頭を下げながら見ると机にそれぞれのプリントが置いてあった。


(も……も、あたしの席、窓側だぁ……らっき)


 窓際の席は外が見えるし、お昼寝に最適だ。ご機嫌でカタンと椅子を引こうとすると、隣の男子が軽く頭を下げてきた。ぺこ、とお辞儀して、椅子を引いた。

 振り返ると、見慣れた鞄が置いてある机が目に入った。


(マコがこんな鞄を持っていたような……ああ、やっぱり)


 お気に入りらしいサッカーボールのマスコットが下がっている。(また緊張でお腹でも壊したかな)と心配して、直ぐに思い直した。心配するだけ無駄だ。やめよう。蓼丸を思いだしていたほうがいい。


 時間は有効に使わなきゃね。


「全員揃ってる?!」と女性が入って来て、教壇にぱん、とファイルを置いた。


「はい、こんにちは。篠笹の1-C担任、立野です。で、まずはスケジュール書くから。4月7日が入学式、21日が健康診断、25日が生徒総会。5月2日が校外学習、5月11日が筍祭。はい、そうして5月27日が中間考査! で、みんな委員会に入って貰うんだけどね。これから希望を募るからね~」


 威勢の良い女性担任立野飛鳥教師が黒板にキュッキュと予定を書き入れて行く。生徒たちは必死でスケジュールを手帳に書き入れて、「名前呼ぶから返事して」と出席確認が始まったところで、「すんませーん」と涼風が教室に入ってきた。


「おい、初日遅刻。名前は?」


(さっそく目、つけられてるし。しーらない)


「あ、涼風ッス。以後よろしく!」


「いいから、席につきなさい。今度は見逃さないよ!」


 涼風は自席について間もなく。〝おい、桃、桃〟と小声で萌美を呼んだ。


〈なーに……マコ。あたし、忙しいの〉


 細い手帳用のペンを置いて、萌美は顔を上げて振り返った。


(なんで同じクラスなんだよ!)と文句も言いたくなる。先程の「好きなんだよ!」を聞かされては、フワフワするしかなさそうで。


 涼風は〝す〟。桃原は〝も〟。一見遠いようだが、窓際の2番目の萌美と、4列目後ろの涼風は振り向くとばっちり視線が合う距離だった。


〈オレさ、桃が悦ぶビックニュース持って来たぜ〉

〈あー、驚いた。すごいねー、はいオシマイ〉

〈おいおい。マジで聞いておけって〉


 数名同じ中学からの友達が「フフ、仲良しさん」とばかりにチラチラ見ている。


(無視)と決め込んだら、今度は手紙が回ってきた。それも可愛い折り方の猫のカタチの手紙。


「あいつからだって回ってきた」と隣の男子、杜野もりのが涼風を親指で指して見せた。(さっそく何やってんの)と開くと、


『同じ委員会入らないか?』


「入りません。絶対嫌」と書いて、「お願い」と回した。「了解」と杜野もりのは軽く頷き、「涼風」と投げて渡す。またネコの手紙が来た。


「まただって」

「ご迷惑をおかけします。……知り合いなんで」


『蓼丸がどこの委員会か、俺知ってるんだけど、そこならどう? チャンスじゃね?』


 ――うっ……これは断りにくいな。


 涙目で振り返ると、マコは萌美を見ながらニヤニヤしていた。


 やがて先生が委員会の一覧のリストを配り始めた。希望者は手を挙げるらしい。


(蓼丸と同じ委員会って。――どれなんだろう)


 生徒会は委員長を兼任する。従って、二年の蓼丸はどこかの委員組織を率いるわけで。週に一度の委員会活動。生徒会に入れない萌美が一緒に活動できるチャンスかも知れない。

 きょろ、とプリントに目を走らせてみた。「美化委員」「体育委員」「予算委員」……「図書委員」「園芸委員」「保健委員」……。

(どこも真面目にやるんだろうな。フフ)なんて独りで笑っている前で、先生が声を張り上げた。


「はい、じゃあ、希望を募るよ。ええと、美化委員から」


「はいっ」涼風が立ち上がった。(ええっ? いきなりなの?!)とみると、「先生、俺と、そいつ。桃原さんでやります。けっこー出番多いスよね? 美化委員」


 ……立ち上がる、しかないか。嘘だった時は間抜けの小足が炸裂します。


「ああ、多いよ。体育祭、筍祭,七夕祭りの飾り付けも入ってる。ウチの祭りはでかいよ。美化委員! 希望ないか! はい、じゃあそこの二人。えっと……」


「あ、構いません。すいません。わたしたち腐れ縁……」


「幼なじみなんで!」と台詞を被せられて、あっさり決定。


〈なんで知ってるのよ。ブラフだったら泣くよ〉

〈間違いねーよ。本人に聞いたから〉


(聞いた?)涼風はそれきり黙ってしまい、萌美はそわそわと髪を揺らしながら、初日のHRを終えた。委員長、副委員長も決まり、今日はこれで終了らしい。


***


 蓼丸を待たなきゃ。と萌美はさっと髪を手櫛で整えた。「桃、帰らねーの?」と涼風がやって来た。「桃原、またな」と杜野が軽く手を挙げた。


「……あいつ、誰」


「杜野くん。席が隣同士でね。あんたの手紙、すっと回してくれて」


 涼風は「ふーん」と杜野を見詰め、「いいなあ、桃の隣か」と呟いた。「桃、またね!」と中学の友人に手を振って、気づけば教室には涼風と、萌美だけが残っていた。


「教えてくれてありがと。美化委員ってスッゴクらしい」

「ドウイタマシテ」涼風はロボットのように返答すると、「なあ」と目の前の椅子に逆向きに座った。


「俺と付き合ってくれねーの? 額のポッコンのせいか?」


「しつこいなあ。もういいよ。それより、邪魔しないでよね。あたし、篠笹に来るのに、必死で勉強したんだからね!」


 それも、試験当日にお腹を壊して、ギリギリで受かった。その時も、蓼丸を見かけた気がする。(生徒会って大変なんだな……)と思う萌美に「気をつけてね」と言ってくれたけれど、きっと覚えていないだろう。


 桜が咲く。そう、今朝、桃の華が咲いた。だから、こうして、緊張しながら、蓼丸を待っているわけで。


「面白くねー」見れば涼風はポケットからトランプを取り出したところだった。


「ちょっと、トランプなんかやらないからね」


 目の前で大きな手がシュババババ、とカードを捲っていく。それも手慣れた感じのシャッフル。思わず目を奪われる。


「桃はハートってイメージだよな。見てな」

「蓼丸来るまでね。うん。あ、ハートのトランプ、可愛いね。カードにカードの絵柄?」

「Las Vegasの本場のトランプは、全部コレ。ほい、ここにハートのA」


 頷くと、涼風はピン、とAを弾いて、また山に仕舞った。四回シャッフル。机にバババババとまた並べると、真ん中にハートのAがあった。


「な、なんで? シャッフルしたよね? 凄い。マコ、こんな特技あったんだ」


「まーな。親父の影響。マジシャンって究極のエンタメなワケ。人を楽しませようって心がないとやれない。楽しかった?」


 萌美は大きく頷いた。


「うん。また見せてね」


 涼風は、じっと萌美を見詰めると、何度も座り目で瞬きを繰り返した。「桃原ってさ――」何か言いかけて、「んじゃ、俺は帰るな。あー、蓼丸ちゃんに宜しくね」と鞄を肩にかけて、教室を出て行った。


***


 ~~~~~は――……。なんっか疲れた。

 机にべたりと横に伸びると、一枚のカードが置いてあるが見えた。


「ハートのAじゃん……忘れてったのかな。いいや、明日返せば」


 春風がサワサワと吹き込む春の教室。ぽかぽか陽射しも丁度良い。今日は入学式なのに、もう練習している運動部の声がする。パーン、とラケットを打つ音。


 みんな、青春してるなと寝そべったまま、スマホを取り出した。途中のパズルゲームアプリを立ち上げたところで、廊下に足音が響いた。


「桃原さん? ――蓼丸さんが、本館前で待ってるって」


 がばっと起き上がると、杜野は「以上」とまた廊下に消えて行った。よく「桃原便」を引き受ける人……と思いつつ、廊下に出ると、階段の踊り場に杜野の姿があった。


「ねえ、蓼丸を知ってるの? えと、あの」


「杜野でいいよ」と再度杜野は手早く名乗ると、にっと笑った。片方八重歯が見える。背が高くスレンダーなイメージ。しなやかな動きで、杜野は鞄を肩に背負い直す。


「俺、蓼丸さんを中学からリスペクトしてるんでね。同じ中学だったんだけど。桃原を見てろって言われて。桃原さん、蓼丸さんのオンナ、なんでしょ?」


 蓼丸さんのオンナ。

言葉の生々しさに驚いて鞄を落とした。杜野はポーカーフェイスで拾い上げてくれて、「はい」と鞄が戻って来た。


「ありがとう。蓼丸がそんな言葉を?」


「ああ。悪い虫を寄せ付けるなって。桃原さん、あの人の俺ら男子の間の影の仇名、知らないでしょ」


 杜野は言葉を切ると、流暢に会話を再開する。



「気に入ったものは、何でも奪う海賊王子」



 海賊?! とんでもない言葉が出て来た。しかし、蓼丸の眼帯は確かに「海賊」っぽいと言えば海賊っぽい。男子は見てくれで仇名をつけるから、何ら不思議ではない。


「ああ、眼帯してるからでしょ?」


「眼帯してるところから来たニックネームと思いきや。……ま、頑張って」


(気になるなぁ。でも、蓼丸になら奪われたいな……ってあたしらしくもない!)


 赤くなって青くなって、汗ばんで、へらへら笑って。杜野が見ている状況を思いだして、はっと正気に還った。


「リトマス紙みてぇだな。桃原、マジなんだ」


ぼけっとした呟きを恥ずかしさ満載の声音で打ち消した。


「杜野くん、ありがとね! また明日!」


 萌美は明るく手を振った。蓼丸が教えてくれた本館への道を思い出しながら廊下を急ぐ。


 海賊でも何でも。あたしの告白は成功したんだもん。待っててくれる。あの、蓼丸が。


(あたしを見て、待っててくれるなんて。なんて素敵な春! 桜も桃も祝福の色!)

 頬を両手で押さえて、ぎゅっと目を瞑った。


おでこがこそばゆいので、ささっと手で払う。今、想い出したいのは蓼丸からのほっぺにチューであって、おでこは騒がなくてよろしい。


「やっばい。この高校生活、超最高かも――?」


***


 弾ける萌美の後ろで「ありゃ。俺、肝心な事言い忘れてない?」と杜野はぼやいていた。


杜野の「肝心な事」とは、蓼丸諒介のある秘密だった――。


お読み頂き、ありがとうございます。

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