姿見の聖女(1)
俺は今クロトの背に乗っている。
全身に感じる風。空には輝く太陽。
眼下には広大な大地。
荒廃しているもののかつての美しさを彷彿とさせる面影を見る。
その景色のそこかしこに防御魂に覆われた町や村が点在している。建物は見えるが、それ以上は見る事が出来なかった。
転生して16年、寝所とハーケン村から出た事は無かった俺は、初めて見るHatena星の全貌と言ったら大袈裟かもしれないが、広がる景色に圧倒されていた。
連れ去られる時も見たんじゃないかって?
あの時は巣に連れ帰られたら喰われると思っていたから…そんな余裕は無かった。
龍黒種が草食で本当に良かった。
クロトと過ごして2週間余り、ようやく体調も良くなり龍黒種の巣から出る時が来た。
2週間余り日課である体力作りもできなかったが、何故か今の方が力が湧き上がる感じがする。
空から見下ろす景色のそこかしこで、小さな魔獣が群れをなし蠢いている。クロトから魔物の種類であったり、特徴等を2週間余り学んだ。座学は嫌いだが、クロトの話は実体験が主だったからかとても興味深く楽しかった。
あっと言う間に過ぎたと言って良いだろう。
『小僧、姿見の聖女はココに居る』
防御魂に覆われた、大きな城と城下町が見える。俺の暮らしたハーケン村がどれだけちっぽけだったか思い知らされる。
「クロトありがとう!すごく世話になっ…!」
「うわぁぁぁああああああああぁぁぁっ………」
そう言い始めた所に声を阻むかのように突風が吹き荒れ、気が付いたら俺は転落していた。
『小僧!』
焦るクロトが追いかけて来るが。何かの力が働いているかのように尋常ならざるスピードで落下していく。
落下しながらクロトに向かって手を伸ばすが…その手がクロトに届く事は無かった。
俺は目をギュッと固く閉じ。落下後の衝撃や痛みに備える。
ゴーーーン!
防御魂に俺の背中が触れた音と共に、眩い虹色の光が俺を包み込む。ゆっくりゆっくりと落ちていく。
さっきまでのスピードが嘘のように。
ただ、ただゆっくりと…。
音も立てずゆっくり。
俺が降り立ったのは、お城の中庭だろうか…。よく手入れがされ色とりどりの花がそこかしこに咲き乱れている。防御魂の外では荒廃した大地が広がっていたのだか…それすらも本当は嘘ではないかと思うぐらいに自然で溢れかえっていた。
辺りを見渡してみる…。
立派な噴水が綺麗な水をたたえていた。
防御魂の外ではまだ日が高かったはずなのに、いつの間にか夕暮れを思わせる空が広がっていた。
あれは…お城だよな?
噴水とは逆の方面には、クロトの背中から見た、豪華絢爛なお城が建っていた。
…入るか?どう考えても不審者だよな…。
外に出るにも、城に入るにもどちらにせよ不審者である事には変わりないので、観念して城内を探ることにした。
と…その前に…。
ゴクッゴクッゴクッ。
噴水の水をちょうだいした。現世で考えると抵抗感はあるが、ハーケン村に住んでた俺からしたらとても贅沢な事である。腹も減ってきたが、水腹で我慢するしか他なかった。
水で腹を満たし終え、腕で口を拭っている所に誰かの話し声と足音がこちらに向かって来ている。
俺は、咄嗟に話し声の主と噴水を挟んだ反対側にしゃがみ込んだ。様子を探るためである。