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一話完結の短篇集

月は太陽に隠されてる

作者: 雨霧樹

星崎(ほしざき)さんってさ、もしかして隣のクラスの里桜ちゃんと双子?」

 私の存在を尋ねられるとき、妹である私の名前より先に姉の名前が現れる。その事実を突きつけられるたび、胸の奥がチクりと痛む。


「うん、里桜は私と双子で、姉だよ」

 せめて強がろうと、下手な笑顔を浮かべながら星崎菜桜(ほしざきなお)は返事をした。


 

 私達は、普通の二卵性の双子とは違った一卵性双生児とカテゴライズされる存在だ。つまり、私たちは顔も、能力も、殆ど一緒としてこの世に生を受けた。

 しかし、中学二年になってその差は誰もが認めるほど歴然と開いていた。姉である里桜(りお)に、自分は何一つとして勝てる事がない。引っ込み思案で、先生に声をかけることすら躊躇する菜桜とは違い、里桜は初対面だろうと物怖じせずに話しかけ、あっと言う間に仲良くなってしまう。勉強も菜桜よりも時間をかけていないのに、駆け込みでサッと勉強するだけで、里桜は簡単に点数を取っていく。顔だって、菜桜は陰鬱で暗く、里桜は明朗で明るい。小さいころから感じていた小さな違和感は、いつの間にか覆しのないほど肥大して、もう取り返しのつかないところにきていた。


 菜桜は、自分のことを恥だとしか思えなくなっていた。


「それはよかったよ! これさ! 教室に忘れちゃっててさ! 明日のデートに使うって言ってたから、里桜ちゃんに渡しといてくれない!?」

 クラスメートを名乗ったその人は、菜桜にピンク色のリボンを手渡してきた。最近コソこそお金を貯めていると思ったら、こんな物を買っていたのかと驚いだ。暗い菜桜には到底身に付けるにはハードルが高いが、里桜ならばピンクの明るさに負けないくらいの小物になるだろう。


「――わかった、ありがとうね」

「それじゃあ明日のデートが上手くいくよう伝えといて、じゃあね!」

 里桜のクラスメートに手を振って菜桜は後ろ姿を見送った。その時ふと、邪な考えが頭の中をよぎった。里桜の振りをすれば自分も明るく――


 そこまで考えて、慌てて頭を振って考えを追い払う。いくら姉が羨ましくとも、そんな真似はしちゃだめ。菜桜の善性が、最後の一歩を踏みとどまらせてくれた。ひとまず初めての彼氏の誕生をからかいを込めてお祝いしよう。鞄の中から携帯を取り出し、里桜に電話を掛ける。


「もっしも~し!」

「その浮かれ具合だと、本当にデートに行くんだね」

 電話に応えた里桜は、いつも以上に明るくテンションが高かった。からかう前に、妹として明日の助言をした方が良いのでは――

「そうなの! 明日、ユウ君とデート行ってくる!」


 その返事に、頭を殴られたような衝撃が全身を貫いた。

――ユウ君、私の片思いの人…… その瞬間、先ほどに抱いてい考えを実行しようと決めた。

「それは良かったね。明日何時ごろ会うの?」

「えっとね~! 小世梅駅前に10時集合だよ!」

「なら今すぐに帰って服を選ばなきゃ――」

 そうやって情報を聞き出す菜桜の顔は、双子には見えない程、醜く歪んでいた。


 

「里桜、お待たせ」

「ユウ君! 遅いよ!」

「ごめんごめん、電車が混んじゃってて……」

 約束の20分前に着いたのに、さも遅れたかのように、申し訳なさそうに手を合わせてユウは謝る。その謙虚さに、やっぱり私が好きなユウ君だと再確認する。

――里桜にユウ君を盗られたくない。菜桜は改めて決心した…… 姉と片思いの人の仲を引き裂くと。


「じゃあ、どこに行く!?」

「え? 近くの美術館でやってる『リートゥーノ展覧会』見るから里桜が誘ってくれただろ?」

「――そ、そうだったね! ついうっかり……」

 里桜に成りきるため、普段の何倍以上もテンションを高く維持しているのに、ユウ君の言葉に言葉が詰まった。美術館で絵を見る…… あの絵画を見れば眠くなるなんて言ってた里桜が…… ともあれ里桜の振りをしなければならない、トイレにでも籠って付け焼刃でいい、知識をつけなければ……


――はっきりと言って、仲を悪くするという目的は十二分に達成できた。ユウ君と一緒に美術館に入っても、何も盛り上がることが出来なかった。ユウの知識は凄く、絵画一点に対して、十点以上の解説が付く。そして、それについていくために、里桜は相当努力したらしい。当たり前のように意見を求められるが、付け焼刃しか持たない菜桜は、まともに答えられなかった。


「――君、本当に里桜かい?」

 目的は果たせたと分かっている…… けれど、大好きなユウ君からそんな言葉を聞くのは辛かった。お前は何もできないんだと、突き付けられるようで……


 気が付けば、彼を置いて、走り出していた。

 

 菜桜(わたし)は、彼の趣味も、好きな物も、何も知らなかった。

 里桜は一体、どれほど努力をしたのだろうか。それに比べて、自分は不満を垂れているだけで、一体何をしたのか。


 

 こうやって、欲を出したから。


 

 

――月は太陽に、隠されてたままでよかったのに。

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