第09話 針穴を牛が通れるならば、金貸しもまた御国に召されるであろう その4
マーガレット・サリバン司祭は、この上ないほどの極上の笑みを浮かべ、たおやかに手のひらを上に向けた状態で、すっとソファーを指し示した。
優雅な「どうぞ」の姿勢は、だがその開かれた瞳を見れば「お前、ちょっとそこへ座れ」以外の仕草でないことは明らかで。
「ねぇ、いいかしら?」
即座に椅子へと座り姿勢を正した三人に、サリバン司祭は諭すように言葉を続ける。
「法典派が問題なしとした。これはいいわね」
即座にこくりと頷く、三羽カラス達。
「そして、当然、教皇もそのことをご存じであり、何も言及しておられない」
こくりこくり、と三人。
「それで、そこの――ローレンス・レンテ・エントラス助祭? 教皇がお認めになっている教会の作法について、貴方はなんと言ったのかしら?」
にっこりと、だが、瞳はローレンスの顔を貫かんばかりの鋭さの顔つきだった。
もちろん、それに逆らえるはずもない。
「いいえ! なにも!」
「そうよね。なにも言わなかったわ」
はい正解と、にっこりと笑う司祭だったが、それが逆に三人には恐ろしかった。恐ろしすぎたのだ。
「すいません、コイツ……」
と言いかけたケヴィンをバルトロマイは視線で制すると、自らが口を開く。
「同じ神の僕として、普段の忠告が不十分でした。私からお詫び申し上げます」
それに頷きひとつで返すサリバン司祭。
「殻つきのヒヨコみたいなものです、彼は。座学は優秀なのですが、まずはそればかりとなっておりまして」
二人のやりとりに安心したのか、ケヴィンも再び口を開く。
「三日で育てた豆もやしみたいなもんなんですよ、ほんと」
「促成栽培なのねぇ。それと殻付きのヒヨコじゃないわね。まだ殻をつついているヒヨコよ」
「たしかに。まさにそうです」
目をとじてバルトロマイが答えるが、サリバン司祭は彼にくるっと顔を向けた。
「言っとくけど貴方もそうよ。バルトロマイ・ブルジェ助祭?」
司祭の目がゆるく細められ、彼を見据える。
明らかにそれは非難の印。
「――なにか不手際がございましたでしょうか」
「ところで、お茶はおいしかったかしら?」
「は? 美味しくいただきましたが……?」
突然の話題がかわるのに戸惑いつつバルトロマイが答えると、彼女が目を三日月のように弧を描いて笑みを深くする。
「もう一度聞くわね」
「ええ」
「初めて訪問した、別の派閥に属する司祭の部屋で、主の到着も待たず、使用人の同室もなしに、飲んだお茶のお味は――おいしかったかしら?」
ぴくり、とバルトロマイが反応し、そのまま固まった。
「どうかしら。お茶になにか混じってはいなかった? それを飲んでも大丈夫だったかしら? 主が口をつけずに先に飲んでしまって、貴方は大丈夫だったかしら?」
立て続けに追求する彼女に、バルトロマイはただ青ざめることしかできなかった。
「雑巾の絞り汁や、下剤ぐらいで済めば良いわねぇ。そのくらいなら?」
それ以上のものさえ含まれていることすらあるのだ、という彼女の真実味の込められた言葉の数々に、残りの二人も息を止めて成り行きをみまもるしかなかった。
「ねぇ私たちは何かしら」
と三人それぞれに視線を順に送って質問する。
「聖職者とは何かしら?」
「神の僕です」
ケヴィンが端的に答える。
それに曖昧にサリバン司祭は笑みをうかべると
「それが真実でもあるわ」
でもね、と彼女はいう
「私たちに求められているのは『神』という王に仕える貴族たることよ」
貴方たちにはそれが出来ているかしら――そう言葉を投げかけた。
伏魔殿……
ところで三馬鹿ですが、本来ならばもうすぐバラバラに行動するので主人公以外の視点がなくなっちゃうかもなのですが、予想以上に二人が自己主張したので悩んでおります。
もうちょっと三人のわちゃわちゃを見てみたい方は、感想欄に何か書いていただくとか、評価ボタンでアピールしていただけると幸いです。