第04話 主の山に向かう道は遠からじ
「どうするべきだと思いますか?」
途方に暮れたローレンスが誰にともなくつぶやいたが、残りの二人もただ押し黙るしかなかった。はぁ~っと長いため息をつき、今度は自らがいくしかないかと、今度は強めに三度、四度と扉を叩くのであった。
「申し訳ありません、マーガレット・サリバン司祭は御在室でしょうか? 私は助祭に任ぜられたローレンスと申します、どなたかお取り次ぎを!」
その言葉が終わるまもなく、バンという音がし、わずかに扉が開かれた。
人の顔がなんとか通るかどうか、という隙間からヌッと覗いたのは、白い貫頭衣の上に、もじゃもじゃと絡み合った銀色の何か、いや、髪の毛なのだろう、があった。
細められた目は不機嫌の文字を表情にすればきっとこんな感じだと言わんばかりの目つきであり、その下にはそばかすかあばたなのだろうか、顔の表面にかすかに残る傷跡らしきものが目につく、ローレンスよりわずかばかり背の高い程度の、少女の姿だった。
「アッチ!」
あっけにとられるローレンスと二人に、少女は右腕だけを扉からさしだし、三人の右の方を指さした。つられるように視線をうごかすと同時に、バタンと音が響き扉が勢い良く閉められた。そして続くガチャリガチャリという音。
「鍵しめられちゃいましたね」
「しかも二重な?」
あきれたように言う二人をおいて、バルトロマイはその少女がさした右、よくみれば壁に、こちらも部屋にあったのと同じような木製の看板があるのを見いだし、それに近寄っていた。
そこには
[マーガレット・サリバン司祭]
[ご用の方は紐を数回引いてください]
との文字が書かれており、そしてそのすぐそばには天井付近の穴からぶら下がった紐があった。
「ふむ。どうやらこれを引けば取り次いでいただけるようですよ」
「ははー? でも取次ぎって言ったって、助祭も侍祭もいないんダロ?」
「そこは『主への祈りの前に手をさしのべよ』ですよ」
「「然り」」
そういうとバルトロマイは、その紐を軽く引っ張り始めた。
――カラーン
聞こえてきたのは、小聖堂のさらに外からとおぼしき鐘の響きだった。
「なるほど、呼び出し鈴ってことか。オレにもやらせてくれよ」
「別にかまいませんが」
どうぞ、といってバルトロマイが場所をケヴィンと代ると、彼は勢い良く紐を何度もひっぱり始めたのだった。
カランカランカラランランカラン、と調子に乗って彼が音を響かせていると、遠くからドタドタドタという大きな足音が近づいてきて、壁の窓らしき部分に打ち付けてあった木の板が、突然バタン! と開かれた。
「マギー!! いま子供取り上げたばっかりで、忙しいっていってんでしょが!! 今度はいったい――」
突然現れ、大声をあげたのは、血にまみれた前掛けを着た女性だったが、三人の姿を認めると、ピタリと口を閉ざした。
「あら。あらあら。これは失礼をば」
そういって恥ずかしそうに頬に手を添え取り繕う彼女なのであったが、その頬にも血がついていたので、顔面がべっとりと逆に汚れを増す結果になるだけだった。
おもわずひくつく男性陣だったが、そこは年長の功で、すかさずバルトロマイが話を始める。
「先触れもなしに訪れまして、申し訳ございません。マーガレット・サリバン司祭にご挨拶に参りました。この度、助祭に任じられました同期と共にお目通りしたいのですが、お取り次ぎ願えますか?」
スラスラと流れるように語りかけるバルトロマイを思わず眺めるだけだったのだが、その同期とは自分だということにローレンスは気づかされる。
「失礼しました。このたび司祭の下で助祭を務めるように叙任されました、ローレンス・レンテ・エントラスと申します」
その言葉に、血まみれの女性はなるほどと頷くと
「承知しました。ご存じかもしれませんが、現在マーガレット様には助祭も侍祭もついておりません故。ああ、いけないちょっと表からすぐに参りますね」
そう言って、きびすを返すとパタパタという音と共に立ち去っていった。きっと正面の入口から戻ってくるのだろう。
それを見送っていたローレンスであったが、あることに気づく。
「ねぇ、ここってどうみても窓ですよね? なんで階段がついてるのでしょう」
自分で木の窓扉を開いて外をのぞき見ながら疑問を口に出す。
「あれだな、うちでもよくやってたわ」
「なんですか、ケヴィン殿」
「近道」
なるほど市井の家ではそういうものなのか、とそれを聴いた二人は思うのであった。
違うとおもいますよ?
あと、聖句の意味は「百聞は一見にしかず」と「人事を尽くして天命を待つ」のまざったぐらいの意味合いでしょうか。詳しくはこの話に出てる聖職者に訊いてみてください。