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第3話 門を叩け、されど開かれぬ


 ローレンスとケヴィンの驚く反応に、気をよくしたようでバルトロマイは語りだした。


「冷鋼の……いえこれは失礼なあだ名でしたね。『癒しの聖女』『医聖の生まれ変わり』なんでもいいですが、彼女ことマーガレット・サリバン司祭についてあなた方が話していたことにお答えしましょう」

 一番の当事者であるローレンスは、コクリと頷くと先を促した。

「噂でもかまいませんが、できれば事実だけを」

「なるほど、ローレンス殿のその姿勢はとても好意がもてます」

「それは良いからさっさと話してくれ」


 彼はケヴィンを一瞥だけすると、「いいでしょう、当時の位階で申しますが」と前置きした上で指を折り始めた。


「マシュー助祭。マルク助祭。リューク助祭。ジョバンナ助祭。その次が侍祭のアシャール殿、ローマン殿。さらに助祭に戻ってコルネリウス殿、ゲラルト助祭、エーリヒ助祭。フィリップ助祭。カルロス侍祭、私が知る限りこれで全てですね」


 数えるために折った指は十本では足らず、折り返してさらに一本を立てて。つまり十一人の助祭または侍祭が彼女の下から離れて行ったことになる。


「彼女は悪魔か、聖人狩りを趣味にする異教徒かなにかなのか」

 

 ケヴィンが冗談半分おびえ半分でいうのは、心の中でローレンスも感じだことである。もちろん彼女に配属された者達は聖人などではない。だが聖人にならった名付けを親が授けることはよくある。ましてや聖職者になるような血筋、家柄であればその祝福にあやかっての命名は必然的に多くはなるものだ。しかし、その名前と順序にいくらなんでもこれでは……と二人は思ってしまった。

 

「なぁそれさ、冷鋼のマギーが司祭になってから、この三年での話だよな?」

「助祭が麾下となるってことは司祭になってからの話なんでしょうけど、本当に?」

 さすがにそれはとローレンスが返すと

 

「残念ながら違います」


 と、バルトロマイはゆっくりと首を振る。

「彼女が司祭に任じられた一年あまりの出来事です」

「たった一年で! ですけれど、それって」

 ローレンスが抱いた驚愕と疑問も最もであった。

 なぜならば。

 

「それ以降二年あまりの間、彼女に仕える助祭も侍祭も誰一人いません。一年で十一人の聖職者が彼女から、奉仕にふさわしくないと本部付けに戻されていきました。全員がです」

「では、彼女の伝え聞く偉業は、彼女一人で成し遂げた、と?」

 その事実にローレンスだけでなくケヴィンも目を見開いた

  

「正確にはそうではありませんが、聖職者の奉仕者という意味ではたった一人、そのことに間違いはありません」

「馬鹿な、だって無理だろそんなの」

「私が皆から聞いたことのある彼女の業績は、多くがあくまで噂だったということですか」


 バルトロマイは、だがあいまいな笑みを浮かべた。

「さぁ、どうなのでしょう。実は私もその真実が知りたいとずっと思っていたのですよ」

 答えにならぬ言葉をつむぐと

「ではさっさと片付けて、参りましょうか」

 掃除道具の片付けを指示しローレンスの肩をそっと後ろから押すことで、行動を促した。


「どういうことだよ」

「あの、片付けるのは良いのですが、いったいどこへ?」

 戸惑う二人に、彼はとても素敵な笑顔を浮かべた。


「ローレンス助祭、もちろん貴方が仕えるべき偉大なるマーガレット・サリバン司祭のもとへですよ。私たちと違って大聖堂が任地なのですから、ご挨拶は早めにするべきではありませんか」


 ああ、そいつはこういうことに首を突っ込むのが大好きだった。特に他人であればあるほど、というのを忘れていたよ、とケヴィンが語ることになったのは後の機会であったが。



 ***


 バルトロマイを先導に進んでいった先は、修道院をさらに抜けて、平民にも開放されている――小聖堂と教会内では呼ばれている――礼拝所とそれに隣接する、よく言えばいささか年季の入った、素直にいうならいささかみすぼらしい見た目の二階建ての建物であった。


「なぁほんとにこっちで合ってるのか」

 ケヴィンが不安げに尋ねるのも無理はなかった。本部付の司祭の在所としてはこれではあまりにも、と思うたたずまいであったからだ。

「うちの上司、ああ新しい方の上司ですが、確認したので間違いありませんよ」

 そう言って礼拝所の方に彼は手を向ける。

「こちらの一番奥の部屋が住まいでいらっしゃるそうだ」

「一番奥っておまえそれ……」

 礼拝所の一番奥といえば、沈黙行の間と相場が決まっている。泣く子も裸足で逃げ出すあの沈黙行の間。なぜそこに、という疑問が浮かぶのは当然だった。


「私も聞いただけなので、詳細は知りませんよ」

 バルトロマイはそう苦笑するが、まさか何かの懲罰でもあるまいしとケヴィンが視線でうかがうと

「もうそこまで来ているのですから、直接確かめればよいではありませんか」

 さぁ、とローレンスに前方を手で指し示した。

「しゃあない、行くか。偵察がてらついていってやるよ」


 その言葉にもあいまいな表情をローレンスは浮かべているだけだった。訪れることが嫌だというわけではなかった。ここが彼女の在所ということは、必然的に彼もここに住まうことになる。


「すげぇあばら屋だなぁ」

「ケヴィン助祭?」


 そうたしなめる良識派(バルトロマイ)だったが、ローレンスも心の中では同じ気持ちだったのだ。この朽ちかけた建物が、これから自分の職場になるのかという呆然とした気持ちであった。

 窓にはガラスだけでなく、所々に木の板がはめられており、残っているガラスもいささか年季がはいっていたり、あるいはヒビのあるものさえある始末。

 壁も漆喰がところどころはげた箇所もあり、とても大聖堂付属の建物とは信じられない有様だったからだ。

 

「これはなかなかの主の試練のようです」

「年長者として申しますが、今ぐらいは正直な言葉を使っても主はお許しになると思いますよ」

「こりゃあ、みんな逃げ出すわけだよ」

「ケヴィンじゃないけど、正直な気持ちを言ってもいいですか」

「どうぞ遠慮なく」

「いますぐ帰りたい……」


 その言葉におもわず二人がぷっと噴き出した。

「だろうな!」

「心から同情しますよローレンス助祭」

 ですが、と続けた彼の言葉はさらに追撃をかけるものであった

「明日からは、ここが貴方の帰る場所になる訳ですが」


 がっくりと首を項垂れたローレンスを見たケヴィンがこらえきれず笑う。

「まぁまぁそんなに気を落とすなよ。話からすると一ヶ月耐えきればまぁ及第点だろうさ。そしたらどうせお役目御免を言い渡されるんだろ?」

「なるほど、一理ありますねケヴィン殿もたまには鋭い」

「たまにはは余計だ」


 そういうとローレンスの背中をバシンと叩き、励ますように告げる

「まぁ挨拶ついでに部屋にまでは同道してやるからさ」

「ケヴィン、今日は貴方ががとても頼もしく思えます」

「お前まで、なんだよ!」


 はいはい。と軽く人差し指を振るバルトロマイ。

「では訪問するといたしましょうか」

 そう言って、そのあばら屋もとい礼拝堂らしき建物の扉を開くのであった。



 ***


 あまり明りが差し込まぬ故、ほのかに薄暗い室内は扉から差し込む光で見える部分だけがかろうじて見て取れたが、通路の他は左右に広がる天井までの棚とそこに詰められた数々の何かの物品だけがあった。


「ここ倉庫なんでしょうか」

「そうかもしれませんが、そのような話は司祭からも聞いてはおりませんね」

「なんだかしらねぇけど、明らかに物置だろこの状態」

「たしかにケヴィンの言うとおりだね」

「ふむ、そのようです」


 少し棚の中をのぞき込んだバルトロマイが見た物は、箱にはいったたくさんの布であったり、液体がはいっているであろう瓶の類であったり、あるいは中身のはいってそうな木樽だったりしたのだから。


 首を三人でかしげつつも、とりあえず部屋に向かいましょうという言葉に二人は首肯して歩みを進めていった。

 たどり着いた先は、やはり沈黙行の間とおぼしき造りの部屋のようであった。

 ただ一つ違うのは、扉の前に掛けられた木製の看板。


 そこには

 [マーガレット・サリバン]

 と確かに書かれてあった。


「やはりここのようですよ」

 ローレンスに視線を送り

「では、はいりますね」

 バルトロマイは、すぅと息をすると、扉をコンコンと二度ノックした。


 だが反応はすぐには無かった。

 なので、再びコンコンとノックをした瞬間だった。


「だれもーいませーん!!」

 という甲高くか細い女性の叫び声が扉のそとに響いてきたのだった。

「いや、いるじゃん!」

 即座に突っ込みをいれ叫ぶケヴィンだったが、再び響いてきたのは


 「ただいま、きゅーしんちゅーでーす!!! お帰りください!!」

 さっきよりは大きな声で、だけどどこか茫洋とした声が聞こえてきたのであった。


 思わず顔を見合わせた三人の気持ちは、ケヴィンが発した次の言葉で一致していただろう。


 ――いったいどういうことなんだ、こりゃ? という気持ちで。

 


この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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