そこから先は
そのまま私達は…重なり合っていました。私を下にして。
もう無我夢中でした。私自身はこれが初めてではありませんでしたが、こういうシチュエーションで致した事はありませんでした。でも、全部脱ぎ捨いだ状態ではないからこそ背徳感から来るスリルもひとしおでした。
『Aさん、…大丈夫?こわい?』
私は彼の耳元で囁きました。彼の太もも辺りを撫でまわして。
『……大…丈夫…です…ッ』
彼は起き上がろうとしました。
『…いいの?こんな所で…いつか結婚しても所詮おままごとと変わらないんじゃない?』
今がこの時と焚き付けました。これは本心でした。
『…!!』
彼の履いていたデニムの生地を通して私の素肌に彼の温もりが伝わって来るのを感じ取ると、私の身体も冷静さを無くしました。それに加えてAさんの温かな掌が私の太ももの内側にぴったり触れ…どうしました?まさかあなたもその気になってしまったのですか?どうか堪えて。続きを話させてくださいな。今まで私にはもっと話せと言っておきながら、公平ではないではありませんか。
気がつけば、彼は私の着ていたニットのセーターをめくりあげました。私は止めませんでした。それどころか、左腕で彼の頭を抱きしめ、右手で下着の後ろのホックを外しました。意外と外すのは簡単なんですよ。その途端彼は―何せブラが取り払われたのですから―吸い付き、愛撫しました。その度に私が嬌声を発するものですから、彼はますます獣になりました。平時は冷静沈着で女に奥手に見えていた彼が、男の本能を顕にしていく様子を目の当たりにして、私もされるがままに濡れていきました。
とうとう二人とも全裸になり、いくところまでいき果てました。何も恐れるものはありません。事実、Aさんに幾度もとどめを挿されていたのですから。あぁ…今でも身体の隅々に余韻が残っています。それだけあのひと時は私にとって特別でした。冷えた浴室の中でしたが、予想以上に激しかったので芯から熱さがこみ上げて来るのが気持ち良かったのです。…ん?その『予想』とはどう言う事かって?あぁ、言い間違えました。『今まで以上に』と言おうとしたのですよ。今まで私がお相手した誰よりもね。あくまでAさんとのアレはアクシデントでした。浴室の床の上で一段落した後、私達は散らかった衣服を洗面所に放り投げ、私は事後のシャワーを浴びようとしました。直前まで冷水だったものですから普通なら35度以上に調節しておくところを…ちょっとしたいたずら心から冷水にしたまま、そーっと浴室から出ようとするAさんの背中に当ててやりました。それも強い水勢にして。
『…ひぁっ!!!!』
驚いて振り向いた彼を見て私は心から笑いました。そのまま彼の股間にも当てました。ハハ、私なりの応急処置だったのですよ。今思い出しても笑ってしまいます。フフフッ…あぁ可笑しい。シャワーを一旦止めて…今度は私が御奉仕してあげました。
……いいえ。拒絶されませんでした。あまり上品とは言えませんが、私は優越感で満ちていました。だってあまりにもAさんの反応が素直だったんですもの。女は大抵、あの場面では主導権を握った気になるものですよ。絵面はさておきね。このようなお戯れを伴いながら、二人一緒に温かいシャワーを浴びました。私はちゃんとしたいのに後ろからAさんがいたずらしてくるのにはいい加減閉口しないではありませんでしたが。…本当ですよ!まさか嫉妬してるのですか?ハハ、あなたも随分大人なのに純なのですね。
そうこうしているうちに、もう夕方になってしまいました。今度こそ私達は現実世界に戻り、目が覚めたかのようにいそいそと衣服を身にまといました。ただし、同じ空間の中で。
その後私は化粧をし、リビングでコートを着て何事もなかったようにAさんの家を出ようとしました。誰かから連絡が入っていたのか、Aさんはスマートフォンを見ていました。私に背を向けた格好で。
『Aさん、今日はいろいろとごめんなさいね。でも…』
『でも、楽しかったわ。』と伝えるつもりでした。もう私のものになった、そんな気がしていました。
ところが、Aさんの様子はおかしくなっていました。よく見ると、彼は目を見開いて、息遣いが少々荒くなっていました。まだ物足りないのか。最初はそう思っていました。
実際は違いました。彼は青ざめていました!スマホを持つ手は震え、まるで死神でもやって来るのかのように。
私に気付くが早いか、Aさんは懇願するのか怒ってるのか、どっちともとれない口調で私に言いました。
『玄関から靴を持って裏口から出てってください、早く!』
なぜそうなったのかは分かりません。とりあえず言われた通りにしました。帰る道中、偶然すれ違った誰かにじっと見られてる気がしましたが、特に見返しませんでした。その時の私はAさんがあのファミレスからテイクアウトした料理を一緒に食べられなかった事が残念だと考えていました。まぁ、一人暮らしの男の事ですから晩御飯にしたのでしょう。
ここでまた女は一息ついた。だいぶ興奮した様子で、顔は火照っていた。傍にあったバッグから扇子を取り出して自らをあおいだ。ほんのりと香水の匂いが聞き手の方へ漂っていた。