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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第五部
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諍い

天谷は次にこう尋ねた。

「なぜわざわざそうまでしてこの手紙を入手したんだ?秀一が君に宛てて書いた物なら分かるが、これだと君が読んでも得になるどころか、不愉快な思いをするだけだろう?」

彼は本当にわけが分からなかった。

「…また秀一さんが余計な事をしたからですよ。この便箋、変な所に折線が付いてるでしょう?私に見せた時、彼は後半部分を隠したのです。傷つけまいとしてね。私はすぐに分かりました。その時の場所が夜の、別に見たかったわけでもない映画館の後ろの席で、周りに誰もいなかったものですから彼は私に見せた後にその場で手紙を破ろうとしましたが、私が急いで『場所が場所だから。』と止めさせました。ですが私に手紙を渡したくないと言い張るものですから、彼が荷物を持たずに手洗いに行った隙を見て、鞄から抜き取ってやりました。

手紙と言うと相模原さんにあげた手紙の中の一枚を抜き取ったのも私なんですよ。もうとっくに処分しましたがね。何て書いたと思いますか?答えはこうです。『あなたが悪さしている証拠の資料を知り合いの弁護士に渡しちゃった。奥さんと最愛の娘さんに癌治療機器の偽装をしているってバラしたくなければ一人アソビしてる動画撮って送ってくれない?違法行為がバレて長ーく汚点が残るのと、一晩だけちょっと恥かくのと、どっちがイイかな?』ってね!フフフッ。」

遥にしてみれば、ちょっとしたガス抜きのつもりだったのだろうが、天谷には余計な話だった。彼は(いい加減にしなさい)と言う意味で例のノックをしようとしたその時―

「当然の事ながら秀一さんは腹を立てました。私達は一度だけ抱き合いましたが、喧嘩もまた一度だけしたのです。

その翌日、今度はM町にあるDのラブホテルに私が呼び出される形で会いました。一度セックスしたとは言え少し意外に思って指定された部屋へ行くと、秀一さんから『城戸さん、昨夜母からの手紙を盗ったでしょう?返してもらえませんか?』

と迫られました。ですがその時、手紙は私の自宅の家の抽斗に施錠した上でしまっていたのです。彼にそう伝えると、

『じゃ、今からそちらへ取りに行きます。住所を教え…。』

『なぜそんな事する必要があるの?あなた破ろうとしてたじゃない。』

『えぇ、そうですよ!なのにあなたに止められてできなかった。どうして止めたんですか?』

『お母様の手紙の通りにすべきだと思ったからよ。あなたは朝霧家の跡取りでしょう?御家族からの期待を裏切るような事しちゃいけないわ。あなたは私なんかよりずっと生まれ育ちの良いお嬢…。』

『言わないでください!』

いつもの秀一さんからは想像もつかない、とても大きな声でした。私は思わずたじろいでしまいました。

『どうしてあなたは…そう自分を下げる言い方するんですか。やっぱりあんな手紙見せるんじゃなかった…何で直接言わなかったんだろう。妻とは大学時代に知り合ったんです。友人の紹介でした。後に親がK大学の教授って知ったら、ウチの両親がすごい勢いで食いついて来て…今に至ったわけなんです。それより、母はよくもあなたに対してあんな事書けたもんです。本当は違うんですよね?五年前、医療機器メーカーにいたあなたは、データ改ざんされたガンの治療機器が黒霧医科大で使用されるのを内部告発で食い止めてくださったんですよね?ならば父も母も、病院関係者も、もっとあなたに感謝すべきだ。そして朝霧家の一員としてあなたにもっと手厚く接しないといけない。生まれた経緯がどうだったのか知らないけどあなたはもっと堂々と…。』

『あなたに何が分かるって言うの!』

今度は私の方から叫んでしまいました。

『秀一さん、そりゃあなたは気にする必要ないわよ!朝霧家の、法的にも世間的にも認められた夫婦の下でお祖父様も待ち詫びていた跡取り息子として厚い歓迎を受けて生まれてきたんだから!でも私はどう?私の母は生まれた直後のへその緒がつながったままの私の産声を聞いて何と言ったと思う?<抱きたくない、顔も見たくない>って言ったそうよ。私が大きくなったときにご丁寧にも本人から打ち明けてくれたわ。あなたのお母様は間違っていない。それに私はあなたが思うような綺麗な女なんかじゃない。私は生まれてから今日までずっと多くの人の憎しみを受けてきたの。私が蒔いてやったの。だから良い?遠距離とはいえ既婚者のあなたは本当はこんなことしちゃいけないの。今日で最後にしましょう。』

本気でそう言いました。彼のことを思ってのことです。

『それでは、一つ答えてください。』

『何?』

秀一さんに怖い顔で尋ねられて、少しこちらも身構えてしまいましたが、質問の内容は些細な事でした。

『どうして母からの手紙を持って帰って、そんなに大事にしまっているんですか?』

『あら、そんなの気にしてたの?安心して、外部に漏らしたりなんかしてないわ。あれは、そうね。一つの抑止力と言ったら良いかしら。私があなたに近づくことのないようにするストッパーなの。』

『…!』

何を思ったのか、秀一さんが目を見開いて眉をつりあげたのを今も鮮明に覚えています。私は気にしないふりをして喋り続けました。嫌われたかったのです。

『それにねぇ、今まで思ってたんだけど、私とってもあなたの行動に迷惑してるの。お母様からの手紙も、その前のメッセージも。あなたは善意からのつもりかもしれないけど、わざわざ私にちょっと隠しながら見せるのはやめてほしいの。だって、私とあなたはお互いの人生に責任をとる立場にないでしょう?私、そんなか弱い女じゃないわ。もっとも、バレンタインの日に勝手に男女の域に踏み込んだのは私の方よ。だってその時はまだ知らなかったんだもの。でもあなたは違う。去年から私の名前を聞いてたのなら最初から私に近づか…キャッ!?』

怖かった…大げさではなく、あの瞬間(とき)は生きて帰れないのではと本気で思いました。

だって、さが…いえ、今まで受けたような単純な動機から来る行為ではなかったんですもの。

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