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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第一部
2/62

成り行き

そんな私の思惑など知らないAさんは目を見開いて驚いた反応を示しました。ちょっとした感嘆の声と共に。

『でも…さっきあなたは、これからも一緒にがんばろうって言ったじゃないですか。』

確かに私は最初の会話で言っていました。ですが、すぐにその矛盾点はもみ消せました。

『そうよ。3月いっぱいまではね。今辞めたりなんかしたら周りの人達に迷惑がかかっちゃうでしょう。私そんな事したくないの。』

『いったい、何があったんですか?お役に立てる事があれば僕に言ってください。』

その時の彼の様子を今思い出しても胸が熱くなります。向かい側に座っていたAさんは私の方へ少しだけ身を乗り出し、テーブルの上で組んでいた両手を解いて私に近づけました。社内では見た事のない反応です。そう、こんな風に。」

ここで女は掌を机上に置いて、そのまま素早く話相手の面前へと滑らせた。

「Aさんの細くて長い指はもう私の目の前でした。触れようと思えばこちらが腕を伸ばさずとも触れられるくらい。と言うか、気がつくと私は彼の指にそーっと撫でるように触れていました。柔らかい肌触りでした。私に手を触られても彼は引っ込めもせず、そのままでいてくれました。

ここまで来れば後は成り行きです。彼の手をゆっくりと軽く握ると私は涙を1粒、2粒流しました。そしてこちらを注視していたあの人のつぶらな瞳を見つめかえして思い切って言いました。

『ここだと周りに人が、誰か職場の人がいるかもしれない。どこか違う場所へ行きたい。』と。やましさはありません。屋外でもどこでも周りに人気がない所へ行こうと言う意味です。…いいえ!そんなものありませんでした。信じてください。とにかく、私達は喫茶店を出て冷たい風を浴びにY公園へ行きました。店の中が暑く感じたものですから。あのこんもりとした森に覆われている広いエリアから入ったのです。すっかり日が暮れたころ、Aさんから『大丈夫ですか?』と顔を覗かれました。私は彼の先輩なのに、まるで私の方が子どものようでした。

『もうすぐ7時になりますが、食べに行きますか?』

『そうね…私あまり食欲ないけど、Aさん何が食べたい?私出すから。』

『いえいえそんなこと…僕も食べる気分じゃないんです。冷えてきたのでどこかで休みましょうか?』

…言っておきますが私、この問いにすぐに飛び付いたのではありません。ただ思ってたより事がスムーズに運んだため、ちょっと戸惑って口をつぐんだのです。なぜここまで来て適当な事を言って自分だけ帰ろうとしなかったのか、誰に対しても同じようにしたのか、今でも分かりません。確かに私は『別の場所へ行きたい』と言いました。しかしAさんについてきて欲しいとは言わなかったし気持ち半分はダメ元だったのです。ふいに私の中で張り詰めていた糸が切れました。いえ、怒りではなく。

『えぇ、休みましょう。それに…お話したいことまだあるの。……Aさん!』

寒い時期だった事もあり、ましてや昼でさえ陽の光が届かない森の中は私達二人の他はひとっ子一人いませんでした。月が出ていた寒空の下、辺りがほの暗く、若干白みを帯びた空間の中だったのが妙に頭に残っています。その中でAさんと私はキスをしていました。意外とすんなりと受け入れられました。初めてなのに長かったように感じます。」

―言い終わると、女はテーブルにあったコップの水をぐいと飲み干した。口元を拭いながら聞き手に対して「まだ知りたいです?」と尋ねた。聞き手は答えた。

「まだまだ足りない。」と―

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