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Iの旅人  作者: イエスあいこす
第一章 iの旅人
1/5

始まりは常に唐突だった


「やあ、剛君」

「おっ、いらっしゃいおっちゃん」


俺、大風剛が店番をしている食堂に入ってきた客。

名前は金浜清弘。

昼夜を問わずよく店に来ては俺の作るそばを注文してくれる少し変わった老齢の常連客だ。

ただ、還暦を目前に控えているとはとても思えないほど元気なせいで老人という感じはあまりしないが。

そんなこんなで俺は親しみを込めておっちゃんと呼んでいる。


「今日はどんなそばを?」

「うーむ…ではざるそばを一つ頼むよ」

「了解」


さて、この食堂だが、今は俺しかいない。

一応親父が経営しているのだが、最近親父はずっと忙しいため、家を空けている。

秋になるくらいに戻ってくると言っていたので、夏休みの間は俺が店番だろう。


「はい、ざるそば」

「ありがとう」

「それでは…」


ズルルルッ!と景気よくそばをすする音が聞こえてきた。


「うむ!やっぱり美味い!」


その後おっちゃんはただひたすらそばに舌鼓を打っていた。

そして食べ終わった後、少しだけ読書をしていた。


「何読んでるんだ?おっちゃん」

「ああ、これか?」

「これはな、人が人を食べる、というのをテーマにした小説だよ」

「へぇ~…」

「ああ、ところで剛君は…」


何かを問おうとするおっちゃんは、少し真面目な顔に変わった。


「人が人を食べる、というのをどう思う?」

「え?」


そして投げ掛けて来たのは、そんな問い。

少し答えに困っていると…


「なに、思い付いたことをそのまま答えてくれて構わないよ」


思い付いたことをそのままか…


「なら…」

「そりゃあ普通じゃあり得ないけどさ…」

「そうしなきゃ死ぬってなったら人は…やっちまうんじゃないかなって思う」

「…そうか」

「でも何でこんな質問を?」

「いや?大した意味はないよ」

「では、儂は行くよ」

「そっか、また来てくれよな」

「ハハハ、言われるまでもない」


そう残して、おっちゃんはガララっと店から出た。

さて、ランチタイムも終わったことだし…


「買い物行くか…」


ポーチと財布を取り出して俺は駅へと足を向けた。

ここ黒ヶ崎の空気は本当に美味い。

ぶらぶらと歩いているだけで気分は快調だ。


「~~♪」


軽く口笛を吹いてみる。

陽気な気分で歩いていると、いつの間にか駅の真正面に立っていた。

そのまま、俺は電車に乗り込んだ。

ガタゴトと揺られる。

目的地は電車で十分程の距離にある街。

その名前は…



次は~境峰~境峰~左側のドアが開きます



そんなアナウンスが流れてきた。

それから間もなく、俺は電車を降りた。


それからまたのんびり歩いて、駅前のショッピングモールへと入った。


「えーっと…」

「人参、じゃがいも、小麦粉と…」


こんな感じでメモを確認しながら特に何事もなく買い物を終え、レジ袋を持ってスーパーの区画を後にした。

すると…


「あれ?剛?」

「お、暁」


彼は春立暁(はるたちさとる)

飯を食いに行ったり一緒に遊んだりと、中々に仲の良い大切な友人だ。


「剛は買い物?」

「そ、暁は?」

「僕はウィンドウショッピングかな」

「そうか」

「じゃあ、あんまり長話もあれだし、この辺で」

「うん、またね」

「ああ」


俺と暁は、互いに手を振って別れた。


そして戻る途中、境峰駅前の慰霊碑で足が止まった。


「ルーインデイ…か」


ルーインデイ。

八年前に、ここ境峰周辺で発生した未曾有の大災害のことだ。

地震でも水害でもない、ただ一瞬にして全てが滅び去ったということらしい。

そして何故十七歳の俺が何も知らないような言い方をしているのかというと…



俺は、記憶喪失だからだ。

九歳以前の記憶が一切ない。

当然その記憶を失くす前に何があったのか気にならない訳ではないが、俺は今の生活に満足しているし、そんなに自分の記憶に執着もしていないので、大して気にしていないのだが。

なんて考えていると、そこで倒れている人影を見つけた。


「大丈夫ですか!?」


俺は駆け寄った。

そこに倒れていたのは、俺と同い年くらいの女の子だった。


「いたた…」


あ、起きた。


「ああ、すみません心配させてしまったみたいで…」


そう謝ってからそそくさとその場を去ろうとしていたが…


「ああああああああ!!!」


急に叫びだした。


「え?ちょ、どうしました?」

「…ふが」

「財布がぁ…」


どうやら、財布がないご様子だった。

はぁ、仕方ない…


「どこに行くんです?」

「く、黒ヶ崎です…」

「あ、じゃあ俺と同じですね」

「切符代、出しますよ」


そう言った。


「え、いいんですか?」

「大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」

「この御恩は、いずれ返します!」


そのまま、俺は家路に着いた。





…………………





「調査は完了したか?」

「いえ、原因は未だ不明ですが…」

「進捗が一つ、ございました」

「ほう?」

「はい、それは…」

「…ご苦労、戻ってくれ」






…………………






「前に言ってたのは、どんな感じなんだ?」

「ああ、あれは間違いない」

「ふーん。じゃ、早めに回収するのか?」

「いや、無理にこちらに巻き込みたくはないのでね、可能な限り普通の日常を送ってもらいたい」

「そうかい」

「ああ、とりあえず調査を継続するよ」





………………



運命は幾重にも交錯し、絡み合う。

始めの内は容易く解けた糸も、気がついた時にはもう手遅れ。

解くことは不可能に等しくなってしまう。

その糸は腕を、足を絡めとって動きを縛る。

その中で、青年はどう動き、その果てに何を掴むのか…?

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