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夢の明日  作者: 山本賢二
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新たな潮流と世代を超えて



  夢の明日


                    山本賢二



 2037年、世界は全く新しい時代へ入ろうとしている。



 私、横林(よこばやし)(まもる)は固唾を飲み、病院の一室でTVの画面を注視していた。この日、どのテレビ局も一斉にこの状況を生中継していた。そのような状況で他のバラエティ番組など入る隙は恐らく無いのだろう。


 

事の発端は――消えかけている私の記憶をたどれば二十年近く昔に遡る…




 第一章  『宮前という青年』


 

 大阪吹田市のK大学で私は教壇に立ち講義を行っていた。私の専攻は社会システムデザインだった。生徒に教えるのは専ら商業システムのデザインだ。

 大学の教授という仕事柄、商業前提の講義を行ってはいるが、私個人に於けるところの社会システムデザインは商業だけに止まらない。私の思いは経済システムではなく人が生きて行くための社会システムのデザインなのだ。



 講義が終った後、一人の青年が私に近づいた。教え子で二回生の宮前賢太――見た感じ大人しい青年だが学内でも優秀な成績を修めていた。最近、バイクに乗るようになったらしい。それは一見すると大人しい彼のイメージからは全く不似合いだったが彼の心情を表している様にも思える。

 

 「先生、今日はちょっと見てもらいたいものがあります、いいですか⁈」

 

 「何だ、宮前君?」

 「ちょっと面白い論文を書いてみたんです。見てもらいたいのですが…」

 私は袖をまくって腕時計を見た。

 「もうお昼だ…近くの喫茶へ行くか――宮前君」

 

 私は彼の肩に手を掛け講堂を後にした。




 私たちは学外の近くにある喫茶店へ入った。学内の食堂もあったが、彼が私に直接見てもらいたいというものだ。人目を避けて落ち着いて見ることが出来る場所がいい―――


 私は自分と宮前の分のランチを注文すると宮前が手渡した封筒からWordで打たれたA4原稿を取り出した。枚数は…あまり多くはない。読み出す前に全体をパラララ…とめくり文字を確認する。


 (英語! 何故だ⁉)


 私は第一ページのタイトルを確認した。


 『Recommendations for the new century』


 「新世紀への…提言ってことで訳は合っているかな?」

 「その通りです、先生!」

 「外国に送るのか、知り合いでも居るのかな?」


 宮前はハッキリ言った。

 「居ませんよ」

 「じゃ、どこへ送るつもりだね、宮前君」



 「国連(国際連合)ですよ‼」




     ◆




 夕刻、私は自宅へ車を走らせていた。助手席のシートには昼に宮前から預かった論文の原稿がある。


 自宅へ着くと家内が奥から出てきた。

 「遅かったわね、(まもる)さん」

 「教え子から宿題を預かってね…少し時間が掛かった。悪いけど――さとみ、食事は子供たちと済ませておいて。私は部屋で宿題の残りをする…」


 「衛さん、敬一(けいいち)ゲームばかりしているのよ…何時間も。貴方からも何か言ってあげて」

 「…Ⅴ(バーチャル)(リアリティー)か。しかし、さとみ…誰だってよりどころは必要だと思うんだ。もちろん、それで学業の方が疎かになるなら話は別だけど。

 まあ、私が心配するとすれば健康面かな?」

 

 私は自分の部屋に入る前に子供の部屋に入った。敬一は背中を向けたままヘッドホンを着けTVの画面と向き合っている。私は敬一の肩に手を乗せ彼の耳元で言った。

 「只今――」

 私が言ったのはそれだけだった。




 自分の部屋に入ると私は鞄を置き、服を着替え机に向かう。


 大学の方で和訳しておいた宮前賢太の論文を見直した。英語の解釈の甘い部分は私が修正しておいた。そう多くない原稿枚数だからこそ翻訳には全体とバランスの取れた正確さが要求される。



 内容は極めて簡単だ。だが、それを口に出すには……恐ろしく勇気が―――いや生理的に拒むものがあるのかも知れない。

 論文はシンプルで明快だったが社会の複雑なシステム、ガッチリとコンクリートで固めたような構造にどのくらい影響を与えられるのか?

 もう慣れきってしまった現在のシステムが長く続くことを私は心の底で願っている古い世代の人間なのかもしれない。


日本経済は1990年代に起きたバブル崩壊以降持ち直せていない。現在、必死でギリギリのラインを保っているに過ぎない。それに加えて少子高齢化が追い打ちをかけ生産性は下降線をたどっている。

世界の先進国も似たような状況だ。そんな国状に更に追い打ちをかけるのが世界で起きている諸問題―――宗教に絡む民族間の問題や領土問題、日本では北朝鮮による拉致被害者の問題やロシアとの北方領土問題、尖閣諸島で中国との緊張が高まっている。


これら世界問題が完全な解決を見ることは私が生きている内には訪れないだろう―――そう確信していた。その理由はその問題を各国の政府が次の世代に先送りしているからに他ならない。


 何も知らない、そのことに何の縁も所縁もない人間を巻き込んでいるのだ。


私は論文を見直した。

 

 たった一人の学生と大学の一教授が世界を相手に何をしようと言うのだろう…そんな白けた考えに私は首を横に振る。

自分が出来るのは宮前から預かった論文の英単語の精査と語訳の精度を上げることだ。


 (そうだ――それでいい…)


 食事もろくに摂らず机に向かったまま時計の針は翌日になっていた。

論文の全体は約に二十頁から成る。家に持って帰った残りの校正は完了した。ここで私は文章の最後の単語の間に意図的に間を空け、ピリオドの位置と間隔も文字から分からない程度に離して置く。


私が論文を書くときによく使う手法で、もし誰かがその論文を使った時に最後の文字を見て修正を掛けた場合、ピリオドの位置も同時に変わる。このとき使用している者はピリオドの位置が意図的に空けられていることに気が付きにくい。

但し、これは論文のデータを直接使った場合だが…




 翌日、講義のあと私は校正した論文とWordデータの入ったメモリを宮前に手渡した。宮前は原稿の入った封筒を受け取ると頭を下げた。

  「ありがとうございます、先生。校正と語訳まで付けて頂いて…」

 「気にしなくていいよ、宮前君。私が好きでやったことだ…この歳で少しワクワクしたな、読んでいて――」

 「何か恥ずかしいですね」彼は照れた。


 「宮前君、そこ――君の悪いところだよ。論文は読まれて試されるんだ。恥ずかしいなんて気持ちは捨てなさい。


 君がそれを送ろうとしているところは各国が集っている…権威のある場所だ。

 これは遊びじゃない‼その辺、理解していると思うが――私もそのつもりで校正した」


 宮前はハッとした表情になり次のように答えた。

 「必ず――」


 必ず――この一言を残し、彼は小走りに私のもとを去って行った。




 第二章  「其々の道」



 あれから二年、私の周りでは様々なことが起き、弾けた泡のように消えて行った。

 宮前賢太に関して言えば……彼は大学の四回生の時、彼女をバイクの事故で失っていた。

 学内でも問題になり彼の入っていたバイク部(ツーリング科)は活動停止処分となった。来年に卒業を控え卒論などの課題は山積みだったはずだ。

 それでも彼は折れず、ともかく卒業資格を手に入れることが出来た。その時、宮前自身にどれほどの精神的苦難があったのかは計り知れない。卒業するまでの半年間、別人と見間違えるほどやつれて見えた。


 卒業数日前に宮前は私の家を訪れた。相変わらず容貌は良くなかったが最後の挨拶に来たとの事だった。


 「先生、今日まで本当にありがとうございました」

「ありがとう宮前君…君は律儀だな。自分の方はもういいのか?」


 「しばらく忘れられそうにありません。だけど、必ず…」

 私は宮前の肩をバンッと叩き励ました。

 「必ず――いや、絶対だ‼そう決めよう、宮前君‼」

 「はいっ、先生。必ず――絶対に‼」


 お互いそう言い、面を向かい合わせて笑った。しばらく色んな話をした後、私は一つの事を思い出し彼に尋ねた。

 「君が2回生の時に作った論文、あれ、送ったか?」


 そう聞くと彼は待ち構えていたかのように即答した。

 「それです――ずっと言ってなかったですよね。もちろん送りました‼ そのお礼も言おうと思っていたんです」


 「そうか…上手くいきそうか?」

 「結果なんて分かりませんよ、先生。だけど…絶対とは言えないけど上手くいきます。採り上げられたら、の話です」


「 “『Recommendations for the new century』”新世紀への提言だったね……世界中で問題に関わっている当事者はどうなるのかな」



 「問題に対しては諦めて下さい。全ての事には時効が必要なんです」

 「時効……か」



 それが宮前の書いた論文の骨子とも言える部分だった。刑法に於いて時効が適用されるものがあるように国家間の問題にもに時間的な期限を設けるというのが彼の考えだった。


 (だが、司法は誰が……国連がそれを遂行し得るのか?)



 「では、先生―――」

 宮前は身体を “く”の字に曲げて深くお辞儀をすると出て行った。



 私は彼がバイクに乗って家を離れるまで玄関で見送った。小さくなる彼の姿を見ながら私は何かを呟いていた


 「ずっと先…なのか」




    ◆



 宮前が大学を去った後、私は教授職を十年続けて定年となった。大学側から特別顧問として在籍の要請もあったがそれは蹴った。



 定年までの間、私自身に何の問題も起こらなかった訳ではない。


 家族の人数が――減った。子供と家内は居ない……




 ある日、高校時代の友人が家を訪ねて来た。


 水口(みなくち)準一(じゅんいち)、何年かごとの高校の同窓会で必ず会う旧友だ。彼も定年で退職しており、国からの恩給で自由に暮らしている。


 彼について簡単に述べるのなら、彼は特別国家公務員(自衛隊員)だ。防衛大学を卒業した後、防衛省の技術開発本部に長年勤務してきた。

 六年ほど前に故郷の豊中市に近い伊丹の陸上自衛隊千僧駐屯地へ転任、退役までの数年間を技術士官としてその任に就いた。


 「(まもる)、少しは落ち着いたか」

 「落ち着く訳ないだろう、準一……まさか、この歳で独りになるなんてな」


 家内のさとみは息子の敬一と一緒に仙台の実家へ帰った。


 息子、敬一に対する私の放任を見かねて私とさとみは或るとき口論となり、その亀裂は大きく広がった。離婚後、最終的に親権も家内に移り、私にはこの家一軒が残っただけだった。


 決して放任していた訳ではない、私なりに考えていた、しかし、さとみとの溝は――埋まらなかった。


 「元気出せよ、時間が解決してくれる」

 「時間、か。時間が経てば忘れられるのか……準一、相手がいるんだぞ。見える所に!」


 「だが、乗り越えなければ前に進まないんだ‼」


 水口隼一郎は毅然とした態度で言った。それには理由が有る―――二〇二三年、ローザンヌのトルコ講和条約が終了した後、トルコはひどい内戦となった。国連のロシアを除く常任理事国はロシア抜きでトルコへ国連軍の派遣を強硬に決定。

 自衛隊は後方支援として物資、燃料の補給を行っていた。そんな中、一個師団が敵に包囲され壊滅寸前の危機に瀕する事態が発生した。


 これを重く見た政府は直ちに閣僚を招集し、戦地における防衛手段の要綱をまとめた“戦地防衛条項”を発布した。これにより、重火器の使用が可能となり、後方支援活動時における損害は劇的に低下したという。

 水口はこれら重火器の運用専任士官として従事した。


 「衛、お前の相手…奥さんはそれでも話せば何とかなるかも知れない。だが、俺の相手は話し合いが通じない。戦地で死んだ奴の中には友人もたくさんいた………クソッ‼」


 「それは時間が解決してくれるのか⁉」と私は返した。

 「起きたことは忘れられない、だけど、あの時の敵がもし目の前にいたら自分はどうするか時々考えるんだ……」

 「どうするんだ?」

 「何もしない、終わったからだ。友人を失ったのは辛く悲しいが――衛、敵は命令でそうしただけで俺も同じだ。個人としての感情で戦ったわけじゃない」

 「末端はそうだろうな。なら、国家間の問題は何だ?」

  「国家間の問題は利害だけだ。そこから問題が大きくなっている」


 「大きくなった問題が先送りになる…その先にいた何の関係もない人間が国家という枠で巻き込まれる。何か悲しくないか、準一⁉」



 水口は暫く間を置いて、出しておいたコーヒーカップを手に取ると一口含んだ。

 「国家ねぇ…あぁっ、公務員だった俺がこんなふうに言っちゃいけないかな。

 「国家」で思い出したけど、国連軍は多国籍軍だろ――どうしても命令系統が複雑になりやすい…最近―――詳しくは言えないがIFF(敵味方識別システム)が国連標準の物になるらしい」


 「どういうことだ?」

 「要は命令伝達を国連で一本化するってことだ。個人用の携帯火器みたいに小さなものは無理だが火器管制システムを持つ兵器には組み込みが可能だ」

 「どう変わる…」

 「攻撃に際して上の許可は要らない。敵を示す表示が出れば、とにかく攻撃すればいい―――このシステム、だいぶん前から押し進めていたようだがな」


  「だが、いつも国連軍とは限らないから――そんなことが可能なのか?」

 「自国に戻っても国連標準を採用している国なら可能だ」

 「しかし――国連と言っても常任理事国は一枚岩じゃない」

 「国連軍のトルコ進駐の時はロシア抜きでやった。一国が反対しても残りがやると言えば動く」


 水口はコーヒーカップを皿に置くと立ち上がった。

 「長話になってしまったな。そろそろ帰るとしよう――衛…」

 「何だ、準一?」

 「余計なことかもしれんが…もう一回、奥さんと話し合ってみたらどうだ。俺のことは忘れるのに時間が必要だが、お前はその時間でまだ話し合いが出来るんだ」


 「考えてみよう…」




 第三章  「悪夢」


 私は水口の勧めにより仙台に帰っているさとみへ連絡を取ってみた。

 息子、敬一は既に社会人となっており、さとみから離れて生活をしている。さとみは年老いた母と一緒に暮らしていたが実家は資産家で不自由なく生活をしていた。


 私は敬一の養育費を社会人になるまで送り続けた。その責任が終りはしたが、親権の意味は薄らいでいる―――そしてさとみは何の不自由もしていない。

 (果たして、さとみと復縁することに…意味があるのだろうか?)



 携帯で連絡を取ってみると案の定、素っ気ない返事が返ってきた。


 {私、今とても幸せなの。それが何で問題が起きたあなたの元へ戻らなければならないのかしら!}


 “ブチッ”


 「さとみ――切れた…」



 想定はしていた。だが、現実に対して私の気持ちはそれを受け入れられない―――心は見えない血を流していた。


 他人同士が結婚して家族になるのだが、別れたならやはり他人でしかないという事を思い知らされた。


 水口のいう通り話はしたが、終わった過去の苦い経験が時間によってその記憶が薄らぐのと違い、問題の当事者同士が生きている方がもっと始末が悪いと私は思う。



 私は家族のことを忘れることにした。誰かが私の元へ戻って来たところで煩わしさが増すだけだ。

 生活は簡素だが独りでいる分、自由度は高かった。



   ◆



定年から六年くらいが経とうとしている。


 その間で世界は各地で紛争や小競り合いが尚も続いていた。日本も領土問題は全く進んでいない。当事国のロシアは島に産業団地や住宅を建て多くのロシア人が入植している。返還を訴える人も代を入れ替えて叫んでいる。


 (仮に島が戻ったとしても…彼らが望んでいる景色はもうないだろう。そこで生活をしている同じ人間(ロシア人)に出て行けと言えるだろうか…もう90年近くも経って何も知らない人も大勢いる筈なのに――)


 後、大きな変化は多くの世界標準が国連により新たに創出されたことだろう。それは社会のあらゆることを粗、網羅していると言ってよかった。

人間、教育、産業、経済―――そして軍事はもちろん。

 だが、そういった中で国連の司法裁判所だけは距離を置き独立性を保っているようかのように見えた。


 (さすがに司法までは標準化できないだろう…法だけは其々の国のものだ)



 ある日、私は昼食を摂りに家の近くの喫茶店へ足を運んでいた。食事は最初、一人で作っていたが最近面倒になり放棄した。

とくに年金が少ないと言う訳じゃないので一食分の食事代くらいは問題にはならない。


 千里山田の自宅から歩いて三分くらいの所に喫茶店がある――名前はキャンベル。かなり昔の昭和時代の匂いがする、垢抜けないがそこが心地よかった。

直ぐ近くで昔から在ったが家族が家にいた頃はまだ家で食事をしていたので行く理由がなかった。



 私が食事を摂っている時、マスターが話しかけてきた。


 「横林さん、ニュース見ました?」とマスターは私に言った。私は昼食を摂るのを中断してマスターの方を向く。

 「いや…何かあったんですか」

 「国連総会のニュースですよ。2037年に世界で起きている問題を全て現状のままで終わらせるらしいですよ」


 (…‼)


 大きな音を立ててテーブルが震え、上に載っていたコップや皿が床に落ちた。

私は自分が立ち上がっていることに気が付かなかった。


「アララ、食器が…横林さん、大丈夫ですか、どうしたんです?」

 「えっ? ああっ‼すみませんマスター、チョッと、ね…」


 私は急いで勘定を済ませ、家に帰るとパソコンを開いてニュースを調べた。するとキャンベルのマスターの言っていたことがアップされていた。アップロードは今日の日にちになっている。



 半分世捨て人のようになっていた私はTVも見ないしパソコンを開いてネットを使うことも減っていた。


 私は日本の国連支局を調べ、メールで総会の記事のことを問い合わせた。



 何日かして、やっと返信が来た。が―――メールを読んで失望した。個人の問い合わせに関しては詳しくは答えられない、それが答えだった。

 しかし、諦めようのない気持ちが私の中で燻っている。


 (このまま、放って置けば、今まで通りその日は過ぎて行く……ダメだ‼そんなことをすればきっと後悔する、ハッキリさせないと!)

 私は直接、国連の日本支局へ電話をし、問うた。だが、返答は冷たかった。


 {私たちの仕事は世界各国に対して行われるものです。一個人の国連に対する要求にはお答えできません}

 「クッ……」

 私は電話を切った。


 その日から、言い表せないようなもどかしさが私の心に巣くった。


 (原文さえ確認できれば……宮前‼ そうだ彼なら―――)


 もう15年以上も昔の話だ。当時、在学していた者の住所を記したようなものが残っていないか―――私は押入れの中にあるノートや本をかき出した。

 やっとそれらしい本を見つけた。茶色に変色した表紙には二〇一九年度卒業者名簿と描かれてある。

 (この年に宮前は卒業したんだっけ…)


 個人の情報は後ろのページに載っていた。通信の情報も記されていたが…正確には16年も経っている。現在の彼の所在地に上手く繋がるかは分からない。


 意を決して私は携帯を取った。


 「…すみません、宮前さんの御宅でしょうか?」

 {はい、宮前ですが。どちら様でしょう?}

 「私、吹田市のK大学で教授を務めておりました横林という者です――賢太さんは御在宅でしょうか?」

 「賢太? ああっ、息子なら結婚してうちの家から出てますよ」

 「すみませんが連絡先を―――」


 連絡先を教えてもらった後、連絡を取るかどうか再度、私は考えた。

 (……もし、これが本当だとしたら――私自身がこの現実に耐えられるだろうか)


 五分ほど携帯をジッと見たまま私は固まった。


私は携帯を持ち上げて電話番号を入力した――呼び出し音が鳴っている間、私の心臓は今にも爆発しそうだった。


 次に呼び出し音が消え回線がつながった。


 {はい、宮前です―――}

 「み、宮前――宮前君か⁈ 私だ、横林だ」


 {横………あぁあっ、先生、横林先生ですか⁈}

 「そうだ‼」

{その節はお世話になりました。どうしたんですか、いったい?}


 「――宮前君、今から私が話すことに落ち着いて答えてくれ。君は2回生の時に国連本部へ論文を送っただろう」

 {はいっ}

 「その後…君の元に国連から連絡はあったかね?何かしらの―」

 {ありましたよ、国連の日本事務局から手紙が――}

 「(何で日本支局なんだ?)で、どんな内容だね」

 {ただのお礼ですよ、アリガトウございましたって言う…}

 「お礼…手紙は――原文とデータは戻って来たのかね?」

 {手紙は封筒だったんですがデータメモリは入っていましたよ}

 「データは今も残っているかね」

 {…すみません、メモリを他で使うのでデータは消しました}


 (何と言うことだ‼)

 {でも、消去する前にプリントアウトしたものは在りますが…}

  「‼(それだっ)すまないが宮前君、そいつを送ってくれないか。」 

 「分かりました」



 1時間後に原稿をスキャンしたデータがメールに添付されて私の元に届いた。




 第四章 「夢の足音」



 朝起きると着ていた寝間着は汗で濡れていた。体を起こそうとした時、激しい体の痛みと悪寒に襲われ体がガクガクと震え、止まらない。

 一向に収まる気配が無かったためギリギリまで我慢したあげくにやっと救急車を呼んだ。


 病院で担当医はこう言った。

 「すぐ入院してください、今日から――」

 「今日⁉必要な物を取りに帰らないと…」

 「お家に誰か居ますか?」

 「私、一人なのですが」

 「近くに誰か居ませんか?親類の方とか…」



 近くには親戚も居ない。実家はあるが両親は既に病没しているし兄妹も県外に住んでいる。


 必要なものが揃わない状況で入院二日目の時、面会に訪れた者があった。

 私は背もたれを少し起こして点滴を打ちながら新聞を読んでいて後ろのカーテンを引く音に気が付いたが振り返らなかった。

 「看護師さん、まだ点滴終わってないよ」




 少しの間、無言が続いたので私は後ろを振り向くと―――


 「…さ、さとみ⁈ 敬一も――何で⁈」


 「衛さん、必要なものは家から持ってきたから――」そう言うとさとみは大きな手提げ袋をベッドの横へ置いた。

 「お父さん…」と敬一。

 敬一はしばらく見ない間にしっかりした大人に成長していた。


 彼等は私と簡単な世間話をした後、出て行った。彼らが此処へ来たことについては恐らく兄妹から連絡が―――それは私の容態が極めて良くないからだ、そう気が付いた。


 そんな中、私は世界情勢のことを考えていた。今の自分にとっては既に余計な事かも知れないが……

 前に喫茶店「キャンベル」のマスターから聞いた、国連が2037年に行う世界の諸問題解決については日を追ってTVで取り上げられるようになっていた。


   ◆


 ある日、水口準一が見舞いのため訪ねて来た。


 「どうだ、具合は? 衛が入院するなんてな」

 「準一、人を人間以外みたいに言うな! で――何かいい話があったか?」

 「話はあるが―――良い話かどうかは…」


水口は見舞いのものをテーブルに置くと椅子に腰掛けた。


 「だいぶ前にお前に頼まれてたやつを持ってきた。正式な書類だからな…手に入れるのに苦労したよ」

 「入手出来たのか⁉ 国連総会で議決された原文を‼」

 「防衛省の方に友人がいる。そいつに頼んで国連の方へアクセスしてもらった」

 水口は懐から原稿を取り出した。

 「全部じゃなくても良かったんだよな?一応用意はしたが――」


 水口から原稿を受け取ると私はメガネを掛け、原稿に見入った。



 「問題の箇所を確認したら原稿は返してくれ。正式に公表されてないものが一般に出回っている、となると問題だからな。

 ここ暫く国連加盟国の軍の動きが慌ただしくなっている。自衛隊の方も国連標準のシステム組み込みが粗、終わったそうだ、近いうちに何かあるかも知れないな……俺も防衛省に行った時、技術本部へ戻ってくれと言われた」


 私は読むのを止めて水口の方を見た。

 「何で⁉ 即応自衛官の対象年齢でもなかろう!」

 「対象年齢は関係ない…自分の国を護るのなら――俺は今でも自衛隊員だと決めている」

 「崇高な信条だな」そう言うと私は再び原稿へ目を移した。


 「―――しかし、何だな。衛が調べている議決文だが一体だれがこんな事を考えたんだ。

 2037年にこの議決文に載っていることが施行される訳だが

すべての国が賛成じゃない…これで得をするのは常任理事国だ。過去に領土拡大の終わった場所は経済圏の中に組み込んである。そして2037年を境に領土の返還は無効になる。

これに逆らって独立や内戦になれば国連は経済制裁や場合によっては強力な軍を送り込んで鎮圧できる、というわけだ――国連は連合じゃない、今は大きな国だ」


 「準一、ちょっと…」私はTVの台の引き出しを開け、中から宮前に送ってもらった原稿を取り出し、正式な議決文の原稿と照らし合わせた。


 「………何ということだ…クソッ‼」私は原稿をグシャっと握った。

 「あぁ?どうした、衛」

 水口は私に近づいて手に持った原稿を覗き込んだ。私はうなだれたまま原文を畳むと彼に突っ返した。


 「準一、世界は本当に…変わるのか⁈」私は水口の顔を見られない。

 「おい…お前が調べた問題の箇所って――何だ⁉」


「いや…すまん、取り乱した。書いてあることが余りに――な…」


 水口にはとてもじゃないが本当のことが言えなかった。まさか自分のせいで友人を再び危険な目に合わせようとしているなどと――


 その日、水口に礼を言うと帰ってもらった。


 その日以降、体調が著しく悪化した。入院して3週間目だった。



 そんな中、私の脳裏には宮前のことが気になって仕方が無かった。


 (はたして彼に―――伝えるべきなのか)


 私は宮前から送ってもらった原稿をジッと見続けた。自分の教え子のためにやったことが、まさかこんな事になるなど誰が想像出来ただろう。

(彼の夢は現実になろうとしている。だが……問題と一緒に闇に葬られる者もいる、彼はそのことをどう思うだろうか)


私はテーブルの上に置いてある携帯を取った。

 (私はそれでも…伝えなければならない、真実を!)



 {トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、トゥル…はぃ}


 「宮前君か…横林だ」

 {…先生、どうしたんですか?}


 彼は私の声の力の無さを察知して何かがあった、そう思ったのかも知れない――彼は電話の向う側で身構えた。


 「宮前君…TVで国連の動きは――知っているだろう」

 「2037年に世界の諸問題を現状のまま終わらすって奴ですか?」


 まるで他人事でも言っているように彼は返した。これを聞いた私は自分のしたことの重大さに圧し潰された。過去の様々な思いと共に、それは言葉にならず涙になって頬を伝った。

 「み、やまえっ、くん―――ずま、ない…」

 {ちょっ…⁉せ、先生、一体どうし}


 限界だった。気が付いた時は携帯を閉じて握り締めたままテーブルに上半身を伏していた。




 三日後、宮前はさとみと一緒に病室を訪れた。一六年ぶりとは思えない、まるで時間が止まっていたかのように彼は若かった。彼は神妙な面持ちで私を見つめている。


 「先生、探しましたよ…何回目かに先生の家を尋ねたら奥さんが病院にいるって――」

 (奥さん?そうか、彼は知らないんだな。さとみと別れたことを)

 「さとみ、彼と話がしたい、悪いが席を外してくれ」

 「……」

 さとみは何も言わず病室を出た。


 「先生、どこが悪いんですか?」

 「医師はまだどこが悪いか話をしてくれていないんだ……多分、相当良くない…それは置いといて――この前は大切な事を伝えられなかった」

 「先生、僕は大学を出て一六年以上経っています。それでも僕にとって何か大切なことですか?僕が何かを忘れていたとか…」


 彼は身構えた。決めたことは進んでやるが、基本的に面倒なことが嫌いな性格は今も同じなのかも知れない。


 「…一六年、いや――君が二回生の時だから一八年、か。今も君にとって重大な事だ」

 「?…分かりませんね」

 「これを見たまえ」

 私はテーブルの引き出しから例の物を取り出し彼に渡した。

 「これは、この前に僕が先生に送った論文じゃないですか」

 「………」

 「これが何か?」

 「…国連の2037年問題…総会で議決された原文の元になったのが――宮前君、君が送った論文なんだよ」

 「…何を言い出すかと思えば、先生は夢でも見てるんですか!」

 「それがいい夢なら――君には言ってなかったが一八年前に君が国連に送った論文のデータに細工をしておいた。使われたら分かるようにね」

 「知り合いに頼んで取り寄せた議決文の原文のコピーと照らし合わせたら、この部分が同じだった――」

 私は原稿の問題の箇所を指して彼に説明をした。

 「このピリオドの位置が…証拠?」

 「そうだ、普通に文を打てばピリオドは半角の位置に来ているはずだ。私は―――最後の単語のスペルに少し間を開けておいた。使った者が分かるように…だが、最後のピリオドの位置もわずかにズラされていることに気が付かなかったんだ」

 「………」


 宮前は立ち上がり病室の窓の方へふら付いて背を向けた。




 第5章 「夢の明日」



宮前は窓枠に手を着くと向こうを向いたまま薄笑いをした。

 「フッ、フフ…」

 (んっ?)


 次に彼の口から意外な言葉が出た。

 「やった……」

 (やった? だと⁉)


 「宮前君、今言ったことはどういう意味だね」

 宮前は身体を起こして振り返った。

 「そのまんまです」

 「君は――国連が何をやろうとしているのか分かっているのか⁉今まで問題に関わって来た当事者は闇に葬られる、そして…そのままじゃすまない、新たな混乱も起きる」

 

 「先生…それはあなた自身も知っていた筈です。僕が遊びでやっていた訳じゃないことも――」



 宮前は私の前に戻り椅子に腰を下ろした。そして全く関係ないことを話した。

 「先生、実は僕、今年自分で音楽CD出したんです、CD制作会社に頼まなかったんで色々大変でしたが――」

 「何の話だ、今は――」

 「先生…僕は音楽のことはほとんど分からないんです。でも、人はやる気があれば出来るということです。時間が掛るかも知れない…だけどいつか必ず――絶対に。国連へ送った論文の時もそうでした」


 私は彼がこの件で大きく悲嘆するのかと想像していた。だが、現実は違った。

 宮前は悪びれる様子もなく話し、自己弁護すらもしなかった。


 「結局、誰が書いたかなんて問題じゃない……僕だけじゃなくて大勢がそう考えていたんですよ、先生。僕や先生は関係ありません、だって原文には僕の名前はありましたか?」

 「いや…」

 「でしょう、偶々(たまたま)ですよ。みんながそう思ってるところに僕の――先生が校正をかけた論文があっただけの事です」

 「時代の趨勢(すうせい)、と言いたいのかね…」

 「そう確信します!」


 彼の目は輝いていた。一点の曇りもなく――それは自分の行ってきたことへの確かな確信であり、1ミリの間違いもないことを自負していた。

 「宮前…君は一体、何様だ」

 私の言った“何様”という言葉に彼は少し眉をひそめた。


 「何様…ですか。僕は様を付けて呼ばれるほどの事はしていない。普通の会社勤めの者です。別の顔があるとすればモーターサイクリストです、趣味ですがね…」

 (そう言えばバイクに――まだ乗っていたのか)



 「宮前君、君がどう言おうと原文の元になったのは君の論文なんだ…君は自分の目で自身が描いた夢の明日を見なければならない、それはきっと辛いものになる」

 「世界が永遠に問題を引き摺って行くよりはマシだと僕は考えます」


 次に私は何も返さなかった。彼自身、世界で起きている様々な問題とは生まれたときから無縁な人間だったからだ。国という枠を除いては――

そして私は直接は関係なかったものの、それらの問題を切り離すことが出来ない、昔のシステムから抜け出せない人間なのかも知れない。


「…宮前君、家族は?」

「えっ?あぁ、家内と子供が二人、男の子と女の子がいます」

「そうか、幸せなんだな。良いことだ……」




    ■




 あれから二年―――


2037年、国連が遂に動き出したのを私はTVで見届けた後、病没した。


私と別れたさとみは私の病状が重くなったとき復縁を申し出た。それが家や僅かな財産のためか、或いは子供――敬一のためだったのかは今となってはどちらでもいいことだ。

ただ、葬儀の時に敬一は私に寄り添い泣いてくれたことが…親としてとても嬉しかった。しかし、それもまた今となってはどちらでもいい…

物質の障壁が取り除かれた私は時間を超えたところの―――いや、厳密に言葉を選ぶなら時代に生きる人達の思いが見えた。

宮前の言った通り、大きなうねりにも似た大勢の思いがたくさん見える。宮前賢太もその中の一人に過ぎなかった。


 

宮前の考えた夢の明日は平らな道程ではない――最終的に安定した世界になるまで幾つもの事象の変化が私には見えた。


世界は争いと強奪、怨嗟と狂気の声が静まらない。2040年には大きな戦争が起きる、私が生きていた時に宮前に言った新たな混乱とはこの事だった――このとき旧友の水口準一とも会えるかもしれない。

私が見ているところまで宮前が生きれば彼もまた、その混乱に巻き込まれるかも知れない…彼はその時、何を思うだろうか。


《私は結論を言おう》


社会のシステムを変えただけではダメだったと―――


全ての事象や思いが見えるようになった今、私は一つの確かな思いに辿り着いた。それは非常に簡単で人間の――いや、命の根本と言えるものかもしれない。

これを人間でいた時の言葉にすれば、きっとこうなる。


“互いに譲り合うこと ”


それは実現した夢の明日を確かなものへ昇華させる最後の答えなのだ。


この作品はフィクションですが、今の時代2020年における新型コロナ肺炎における各国の対応を考えれば可能なのかも知れません。

世界には様々な問題が山積していますが国家間の利害を取り除けば―――また人ひとり一人に“許し”の心が在れば「夢の明日」も幻ではなくなるかも知れません。

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