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真夜中の訪問者


 ──シャラン。


 何か、涼やかな音が鳴ったような気がした。


「……?」


 深い眠りのそこにあった意識が、ふわりと覚醒する。

 目を開けば、見知らぬ天井が見えた。

 いつもの銀糸の星座表が縫い付けてある天蓋の天井じゃない……。


 と考えたところで、そういえばブランシェット領に旅行中だったのだと思い出す。

 時刻はおそらく真夜中だろう。

 部屋には月と星の光だけが満ちていて、すごく静かだった。

 魔王様たちは夜もずっとお話していたみたいだったけど、流石にもう寝てしまったのだろう。


 ──シャラン。


「……?」


 まただ。

 また何か、どこかで音が鳴っている。

 

 わたしはくしくしと目を擦って、起き上がった。


 音の正体を探ろうと、部屋を見渡す。

 ゲストルームなのでそんなに家具があるわけではないけれど、すごく広々としていて、ゆったりとした趣のある部屋だった。

 部屋のどこにも、変わった様子はない。


 ──シャラン。


「なに……? どこにいるの……?」


 不安になって、そばにあったウサギをひっつかむと、ベッドから降りる。

 ふと、ベランダにつながる大きな硝子の扉が目に入った。


「!」


 ベランダに、誰かいる。

 目を細めれば、どうやらそれは、女性のようだった。

 ほっそりとした体躯が、月に照らされて淡く輝いている。


「誰? そこで何してるの?」


 恐る恐る話しかければ、女性は初めてこちらを振り返った。


 うわ、すっごい綺麗な人……。


 月の光を浴びて輝く金色の髪に、同色のとろりとした眠そうな瞳。

 額には、しずく型の綺麗な額飾りをしている。

 お人形のように整った顔立ちを見て、ふと魔王さまのことを思い出した。

 この、どこか人間離れした美しさは、魔王さまが持つ美しさとよく似ている。


「んん?」


 が、しかし。


 すごい美女。

 美女なんだけど……。


「な、なんでそんなに右頬パンパンなの?」


 右のほっぺがパンパンに腫れているのだ。

 虫歯にでもなったのだろうか。


 不安になって、わたしは硝子の扉に手をかけた。

 扉を開ければ、夜の冷たい風が入ってくる。


 美女はわたしを見て、眉を下げた。


「イタイ……」

 

「う、うん。すごく痛そうだね……」


 片言の言葉で、そういう。

 わたしは思わず、頷いてしまった。


「オマえ、だレ?」


「え、わたし?」


 突然そう聞かれて、びっくりした。

 この人、もしかしてブレンシェット夫妻の知り合いとかなのだろうか。

 そうしたら、わたしのほうが不審者に見えるよね。

 そりゃあ大変だ。


「あの、わたし、プレセアっていうの。王都から旅行でここへきたの。だから不審者とかじゃないよ」


「……」


 美女はじーっとわたしを見た。

 それにしてもこの人、すごい服着てんな。

 なんというか、薄い絹の、スケスケの服を着ていて、見ていて不安になった。

 腕に綺麗な腕輪をつけていて、動くたびにそれがシャラシャラと涼し気な音をたてている。そっか。これが音の正体だったんだ。

 それにしても寒そうだな……。


「オマエは、メガミサマのこ?」


「えっ?」


「メガミサマのこ」


 メガミサマのこ?

 発音が若干不安定で、うまく聞き取れない。


 メガミサマ の こ


 女神さまの、子……?


 びっくして目を丸くすれば、美女はきょときょとと眠そうに瞬きした。


「センネンぶりにおきた。りん、ことばワスレタ」


 千年ぶりに起きた。リン、言葉忘れた


 って言ってるの……?


「な、なんでわたしが女神族だって分かるの?」


「ワカラナイほうが、へん」


「千年ぶりに起きたって何?」


「おきた。目がサメた。わかんない? コトバ、ちがう?」


 美女の言葉は、だんだんとイントネーションがわたしが話すものに似てきた。

 いや、感覚を取り戻してきた、と言ったほうが近いだろうか。


「ううん、あってるよ。言葉のイントネーションも」


「そう」


 美女は眉をひそめた。


「アー、あー……こう? あってる? リンの言葉、わかる?」


「うん、分かる! あなたはリンっていうの?」


「うん。リンの名前はね、リンっていうの」


「あなたは何者なの? どうしてここにいるの?」


 リンにそう尋ねると、彼女は首をかしげた。


「リンはリンだよ。口の中痛いなーって思ってたら、ここにいた」


 ど、どういう意味なんだろう……。

 リンの話すことは、内容がまとまってなくて、よく分からなかった。

 

 でもとにかく、口の中が痛いのは確からしい。


「ほっぺ、どうしたの?」


 仕方がないのでそう聞けば、リンは悲しそうな顔をした。


「久しぶりにごはん食べたら、なんか、変なのが刺さっちゃった」


 久しぶりに食べたってなんだろう……。

 よくわからないけど、どうも、何か口内を怪我してるみたいだ。


「……ちょっと、見てみようか?」


 そう尋ねると、リンは目を丸くしたあと、こくりと頷いた。


「待ってて。明かりを持ってくるから」


 急いで部屋に入ると、ランプを手に持って、外へ出る。


「口開けてみて」


「あーん」


 リンは素直に口を開けた。

 ランプをもって目をすがめれば、奥歯のあたりから出血しているのが見えた。


「あれ……なんか刺さってるみたい……」


 わりとひどい怪我してるみたいだ。

 奥歯の歯茎に、骨みたいなものが突き刺さっていた。

 何を食べたら、こんなものが突き刺さるんだろうか……。


「プレセア、なおして」


「えっ?」


「魔法、使えるはず。治して」


 なんで知ってるんだろう。

 びっくりしたけれど、リンはなんだか不思議な子だから、何でも知ってるのかもしれない。


「うーん、これ、抜かなきゃ治せないよ」


 どうしよう、と唸った。


「わたし、怪我は治せるんだけど。こういうのは多分、外科手術が必要だと思う」


 このまま魔法を使っても、この異物を取り込んだまま治すことになってしまう。それだとまた膿むし、歯医者さんかどこかできちんと見てもらったほうがいい。


「歯医者さんで見てもらおう。魔王さまよんでくるから」


 幸いにも、魔界は医療が発達している。

 これくらいのものなら、すぐにどうにかしてくれるだろう。

 わたしがくるりと踵を返そうとすると、リンに襟首を捕まえられた。


「ぐえぉっ」


「ここで治しても意味なかった。体、別のとこにある」


「?」


 どういうこと?

 リンはここにいるじゃん。


「リンの体、大きいの。不便だからおいてきた」


「大きいって……じゃあ今のリンは何なの?」


「リンはリン」


 うーむ、話がよくわからん。


「お医者さんに見てもらったほうがいいよ。わたしもついてってあげるから」


 リンはふるふると首を振り続ける。


「だって、リン、大きいから無理」


 魔王さまもけっこう背が高いし、大丈夫だって。


「イヤ」


 ふるふるふる。


 ……どうしよう。

 予防接種前のわたしみたいになっちゃった。

 とにかく医者にかかるのがいやらしい。


「じゃあ、わたしがやろうか?」


 仕方なしにそういう。

 何回か人間界でやったことあるから、できなくはないと思うけど……。


「ほんと?」


「うん。でもお医者さんに頼んだほうがいいと思うけど」


「ううん、プレセアがいい」


 リンはコクコクと頷いた。


「じゃあ、明日会いに行くから。あの丘の上で待ってて」


「えっ?」


「約束ね」


 なんで明日なんだろう。

 そう思ったけど、思わずリンの指さした方角を見てしまう。

 夜空に広がる満点の星空の下、草原の中に緩やかな丘があるのが見えた。


「ねえ、あんな場所にいかなくたって……え?」


 視線を元の場所に戻す。

 そこにはがらんとしたバルコニーがあった。


「うそ……え?」


 わたし、一体何を見ていたんだろう。


「リン……リン! どこ行っちゃったの?」


 名前を呼んでも、とうとうその夜、リンが姿を表すことはなかった。


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