女神族プレセア
ぱち。
目を開けると、柔らかな朝の光が目に入った。
小鳥がちゅんちゅんと鳴いている。
「んー……」
ふわぁ、とあくびをする。
もしかして、わたし、一日中眠っていたのだろうか。
解呪を受けたときは昼くらいだったから……。
眠りに入る前の不快感は、もうなくなっていた。
体も痛くない。
ふと、手に温かいものを感じてそちらを見れば、魔王さまがわたしの手を握ったまま、ウトウトとしていた。
珍しい。
わたし、魔王さまが眠ってるところ、見たことないや。
「……」
魔王はこくりこくりとしていて、なんだか可愛かった。
というかまさか、ひと晩中こうしてくれていたのだろうか。
じーっといろんなことを考えながら魔王さまを見つめていると、わたしが目覚めた気配に気づいて、魔王さまは目を覚ました。
「プレセア……?」
「おはよ、魔王さま」
なんだか、嘘みたいに心と体が軽い。
今ならなんだってできそう。
でもなんだろ、なんか背中とおしりがかゆいような……。
「プレセア、よかった……!」
魔王さまは横たわるわたしを抱きしめた。
わたしもむぎゅ、と抱きしめ返す。
「解呪、成功したんだね」
「ああ。もうお前から呪印の気配は消えた」
「……そっか。ありがとね、魔王さま」
「うまくいってよかった。よく頑張ったな」
頭を撫でられる。
嬉しくて、しばらくすりすりと魔王さまにすり寄っていたけれど、体の違和感を感じてふと我に返る。
……うーん、感動的なシーンなんだけど。
魔王さまごめん、やっぱり、おしりがかゆい。
「魔王さま、魔王さま」
ちょっと離れてー、とやんわり魔王さまを押し返す。
背中の違和感は、次第に大きくなっていく。
おしりと背中が痒い!
「魔王さま、なんか、背中へん……」
「変?」
「痒い……」
昨日は相当痛かったから、汗でもかいて、汗疹とかになっちゃったのかな……。
「……プレセア、服を脱げ」
背中に手を回そうとすると、魔王さまはいきなりわたしの服を脱がせ始めた。
「え!? ちょっと!?」
私の返事も聞かずに、勝手に脱がしてくるし。
わたしのこと好きなのはわかるけどさ、そ、そういうのはもっと大人になってからしようよ!?
やめてよー! とジタバタしていても、問答無用で服を脱がされた。
下着も全部だ。
ベッドの上で素っ裸にされたわけである。
「魔王さまの変態!!」
こんな子どもに手を出すなんて!!
わたしがぷんすか怒っても、魔王さまは全く気にしていなかった。
というか、わたしの裸に関して、何も思っていないようだった。
なんかそれもそれで複雑だな……と思った。
確かにつるぺただし、子どもの体だし、逆にこんなんに興味示す方が変か……。
確かに魔王さまって、どうもわたしのこと、ただの庇護対象としてしか見てないような気がするんだよね。
いや、すっごく大切にされてるし愛されてるのはわかるんだけど……。
「お前……」
魔王さまは言葉を失っていた。
なになになに、やだ、虫でもひっついてんじゃないでしょーね!?
「なにぃー?」
必死に後ろを振り返っていると、なにか黒いものが目に入った。
それはぴょこぴょこと動いている。
「……?」
よく見れば、それはわたしの背中から生えていた。
「えええーっ!?」
なんと、わたしの背中から小さな黒い羽のようなものが生えているではないか。
コウモリの羽みたいな感じの……。
おまけにお尻からも、にょっきりと、細長いしっぽが生えていた。
先っちょがハート形になった黒いやつ。
「う……?」
頭もなんだかかゆい。
慌てて頭にふれると、指先に小さな三角形の硬いものが触れた。
見なくても想像はつく。
おそらく角っぽい何か。
ティアナのような角らしい角ではなく、本当に小さい、三角形の飾りのようなものだった。
「な、なにこれぇ?」
羽は意識させると、パタパタと動いた。
なんじゃこりゃあ。
ショックを受けていると、魔王さまにだきしめられる。
「よかった……」
よくない〜!
なんなのよこれ!
「それが、女神族としての本当の姿だったんだ」
「め、女神族? ほんとの姿?」
「ああ。俺は魔王族、お前は女神から直接生まれたから女神族になる。女神族の姿も、きっと今まで呪印で抑え込まれていたんだ。魔力も増えているだろう?」
「そういえば……」
体が軽い。
力が溢れてくるみたい。
……そっか。
わたし、呪印で封印されてただけで、本当は人間じゃなかったんだ。
だから女神族としての姿が、あったんだ。
「本当の、わたし……?」
不安げに魔王さまを見上げる。
けれど魔王さまは、わたしの不安を吹き飛ばすように言った。
「綺麗だ、プレセア。世界で一番」
「!」
……。
……………。
魔王さまがそう言うなら、いっか。
羽としっぽと角にびっくりしていたわたしだったけど、魔王さまが綺麗だと言ってくれたので、まあいいやと思った。
これはこれでよくね?
しかも羽はパタパタ動かすと、体を浮かせることができた。
体軽いっておもったけど、これのおかげだったのか。
「こら、どこへ行く気だ」
なんだか楽しくなってきて、ぱたぱた飛んでいこうとすると、魔王さまに捕まえられてしまう。
そのまま腕の中に閉じ込められた。
「今日はもう、どこにも行くな」
「えー、やだぁ」
「解呪して、病み上がりと同じ状態なんだ。また熱が出るかもしれない」
「大丈夫だってばぁ」
魔王さまの腕の中で駄々をこねたり、背中を見たりおしりを見たりしていると、部屋がノックされる。
ティアナだ。朝の準備をしにきてくれたのだろう。
「入ってくれ」
「失礼いたしま……え?」
裸のわたしを抱く魔王さまを見て、ティアナはドン引きしていた。
「陛下……うそ……」
死んだ目でティアナは呟く。
「それだけはないって思ってたのに、最低……」
「「違う」」
わたしたちは思わずティアナの妄想を否定する。
「プレセアが、本来の姿に戻った」
ティアナの目に生気が戻る。
「……まあ!」
目を丸くして、ティアナはこちらにかけてくる。
「プレセアさま!」
むぎゅ、と抱きしめられた。
わたしも抱きしめ返す。
「ずいぶんとお美しくなられましたね」
「ほんと? そう思う?」
「ええ。なんと愛らしい翼としっぽでございましょう。角は黒瑪瑙のように輝いておりますわ」
羽だけじゃなく、しっぽも自分の意思で動かせるようになってきた。
しっぽでつんつんとティアナのほっぺをつつく。
ティアナはくすぐったそうに笑った。
「よかった……解呪が成功して」
「……うん」
そっか。
あの夢の中で、わたしはわたしの闇と向き合った。
そして、ちゃんと自分を受け入れたんだ。
だからこうやって、本当の姿に戻ることができたんだろう。
しばらくすると、部屋に他の侍女たちが入ってきた。
わたしの姿を見て、みんなびっくりしていたけれど、喜んでいた。
「……みんな、ありがとう」
ここで得た健やかな体と精神がなければ、わたしはあの闇に再び飲み込まれることになっていただろう。
まあ、何よりよかったのは、魔王様の解呪の技術だと思うんだけどさ。
「みんな、だいすき……」
ここで暮らせることが嬉しい。
みんなと一緒にいられることが、幸せ。
幸福って、こういうことを言うんだろうなあって思いながら、わたしは笑った。それはやっと手に入れた、なんの不安も心配もない、心からの笑顔だった。
けれど、心に引っかかることが、一つ。
わたしは魔王さまの胸元にしがみついて、彼のきれいな顔を見上げた。
「魔王さま、お願いがあるの」
「……なんだ。言ってみろ」
「あのね……」
朝の準備をし始めたティアナたちに聞こえぬよう、こっそりと魔王さまに耳打ちする。
みんなには、反対されそうだからね。
「……してほしいの」
「それは……」
案の定、魔王さまは難色を示した。
「だめ……?」
「……」
「おねがい……」
しがみついてしっぽを振れば、魔王さまはため息をついた。
「……お前がそれでいいなら、そうしよう」
「! ほんと?」
「ああ」
やった〜。
なんとかお願いは聞いてもらえるみたい。
「……プレセア」
「なぁに?」
「お前、もうその姿でものをねだるな」
「?」
魔王さまは悩ましい顔をして何かを呟いたけれど、ちょうどティアナがわたしを回収に来て、うまく聞き取れなかった。
「プレセアさま、お洋服を一から選定し直しましょうか。羽としっぽがありますから、専用の服でないと……」
「ええーっ!? 一から!?」
「ふふ、そうでございますよ」
「やだよぉ。これまでの服でいいってば。それよりわたし、遊びに行ってくるよ」
「いけません。体にあった服にしないと、成長にもよくありませんから。お外遊びは体が回復してからにしてくださいね」
面倒くさいと暴れても、ティアナにしっかり抱かれて腕を抜け出すことができない。
それを見て、周りに居た侍女たちが楽しそうに笑っていた。
結局、魔王さまの言葉は聞けずじまいだ。
……まあいいや。風邪引いちゃいそうだし、あとで聞いてみよう。
みんなの笑い声に包まれて、わたしの騒がしい一日がまた始まろうとしていた。




