春嶋ひまり③ ヒマリ視点
エルダーの告白を受け入れてから、ひまりは聖女としての活動に、積極的になった。
プレセアよりも優秀だとみんなに思われたい。
その一心で、社交にも精を出したし、勉強も頑張った。
神に祈りを捧げ、毎日綺麗に着飾って、エルダーにも会った。
自分なりに考えて、民衆の支持もほしいと思ったから、よく下町にも遊びにいった。
中学の頃よりもスケジュールがつめつめになってしまい、一度風邪をひいて寝込んでからは、自分の体調にも気をつけるようになった。
体は資本なのだと、このときになってようやくひまりは身にしみて分かった。
そんなある日。
ひまりは再び、プレセアと出会った。
それは祈りを終えて、神殿の庭に出たときのことだった。
疲れたので一人にしてほしいと衛兵に告げ、外に出ると、プレセアがぼんやりと庭に立って、空を見上げていた。
「……こんにちは」
ひまりがプレセアに声をかけたのは、単純な興味だけでなく、なにか、その姿に突き動かされるものがあったからだ。
気づいたらプレセアのそばにいて、声をかけていた。
プレセアはゆっくりとひまりの方を見た。
「……こんにちは」
それだけ言うと、また空に視線を戻す。
「何を見ているの?」
ひまりがそう問うと、相変わらず感情のない声で、プレセアは答えた。
「……鳥。空、飛んでる」
「……」
「わたしもあんなふうになりたい」
ひまりの心に、その言葉は触れた。
「……ここから出ていきたいってこと?」
言葉にトゲが混じってしまったのは、やはりヒマリがプレセアに嫉妬していたからなのだろう。
プレセアは視線を下げて、ぽつりと呟いた。
「……わたしは、聖女になんか、なりたくないもの」
「っ」
なんてことを言うのだろう。
ひまりは唇を噛んだ。
みんなが願ってやまなかったこと。
それはこの国の平和。
聖女はその願いを叶えるべく、国のために、人々のために身を捧げる尊い存在だ。
それを否定するなど……そんな気持ちで聖女を務めるなど、到底ひまりには考えられることではなかった。
「……なんで、そんな無責任なことを言うの?」
ひまりは気づいたら、そう言っていた。
ひまりが求めて仕方がなかったものを、この子は全て持っている。
美しさも、聖女という地位も。
エルダーの婚約者というステータスも。
聖女のサークレットでさえ。
ひまりにはそれらがないと、生きていけないかもしれないのに。
それを自分より早く聖女のお告げが下ったというだけで、プレセアはすべて手にしているのだ。
それなのに、そんなことを言うなんて、驕りもいいところだ。
なぜ、どうして。
そんな無責任なことが言えるのか。
「……身体中が痛いの。もう、壊れそうなの、分かってる」
痛い?
痛いって、何?
ひまりがふと、そう疑問に思ったところで、プレセアがひまりの目を見て言った。
「あなたも、帰ったほうがいい」
ずきり、とひまりの胸がきしんだ。
それはあまりにも、無神経な言葉だった。
本当に、ムカつく女だ……。
「……帰り方がわからないの」
初めて、その瞳に感情がうつった。
それは哀れみだった。
ある種の、同情を含んだような。
──やめて。
そんな目で見ないでよ。
あなたに何がわかるっていうの?
私が欲しいもの全部持っているあなたに。
何もわかってないくせに、そんな目で見ないで!
「助けてよ」
気づいたら、ひまりはそう言っていた。
「私を、日本にかえしてよ!」
プレセアの凍てついた表情が、恐怖に染まった。
「あ……」
ひまりもプレセアも、そのとき、同じことを思った。
わたしたちはよく似ていると。
ひまりもプレセアも、所詮囚われの鳥なのだ。
自分の力で生きていくこともできなければ、鳥かごを出ていくことも出来ない。
だから別に、プレセアが何も言わなくても、ひまりはよかった。
それはひまりの意地悪だったのだから。
ひまりは本当は、同じ年であるプレセアと、同じ境遇にいるプレセアと、悲しみや辛さを分かち合いたかったのかも知れない。
その後、ひまりはプレセアと何を会話したのか、あまり覚えていない。
けれどエルダーが迎えに来てくれて、プレセアを叱りつけてくれたことだけはよく覚えている。
やっぱりプレセアの性格はよくなかった。
エルダーの言ったとおりだと、ひまりは思った。
──あんな子、聖女になんか、ふさわしくない。
エルダーや周りが言うように、プレセアは聖女の器ではない。
彼女の祈りでは、魔物の氾濫期も甚大な被害が出たと聞く。
──それなら、わたしが聖女になってやる。
ひまりはこのときに、そう決めたのだった。
──私はまだ、生きたいから。




