表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/71

聖女ヒマリ ヒマリ視点

「よくお似合いですよ、ヒマリさま」


 女官がにこやかに告げる。

 ひまりは閉じていた目を開けて、自身の前にある、バラの彫り込みがされた美しい姿見に映る自分を見た。


「わあ、すごい……」


 身にまとうのは、溶け出したバターのような、あたたかみのある黄色いドレス。

 各所にレースがふんだんにあしらわれ、胸元には大きなリボンが結ばれている。まだどこか幼さを残す少女に、そのドレスはとても似合っていた。


「かわいい。でもこんな日本人顏にドレスなんて、似合ってるのかな」


 不安そうにひまりがそう言うと、そばにいた女官が微笑んだ。


「何をおっしゃるのやら。ひまりさまはお美しいので、どんなドレスだって、似合いますよ」


 ひまりは日本人特有の顔立ちの薄さを気にしてはいたものの、それが幻想的な雰囲気を醸しているのだと、周りには絶賛されていた。

 

「私にはもったいないくらいかわいいドレスだと思うけど……」


 ひまりのつぶやきを否定する声が後ろから聞こえてきた。


「そんなことはない。今の貴女は、世界で一番素敵だよ」


「っエル!」


 ひまりがぱっと振り返ると、エルダーがにっこりと笑って、そこに立っていた。

 いつもならエルダー殿下、と呼ぶところだが、今はプライベートな時間。

 ひまりはエルダーの愛称を叫ぶと、吸い込まれるように、エルダーの元へかけてゆく。

 エルダーはおっと、とひまりを受け止めた。


「びっくりした! お仕事じゃなかったんですか?」


「貴女に逢いたくて、少し抜け出してきた」


 エルダーの甘い言葉に、ひまりは頬を赤くする。


「私も会いたかったです」


 エルダーはひまりをソファへ誘った。

 周りにいた侍女たちが、素早く場を整える。


「体の調子はどうだい?」


「もうすっかりよくなりました!」


 ひまりはにっこりと笑って言った。


「スタンピードも乗り越えましたし……しばらくは大丈夫なんですよね?」


「……ああ、おそらく」


 少しだけ、エルダーは顔を曇らせた。


「だが、やはりヒマリにも、助けがいた方がいいだろう?」


「それ、は……」


 ひまりは目を伏せる。


「プレセアのことだが、考えてくれただろうか」


 ──プレセア。あの、お人形みたいな女の子。


 ひまりはぎゅ、と拳を握った。

 ひまりのために仕立てられたスカートに、シワがよる。


「……日本では、二人も妻を持つことはありえませんでした」


「ああ」


「本当は嫌です。エルに他の奥さんがいるなんて」


 ひまりは悲しそうに首を振る。

 けれど顔を上げて、エルダーを見た。


「でも……仕方ないです。私だけのエルではないのだから」


「ヒマリ……」


「二番目の妻を受け入れます。わたしもプレセアさんと、仲良くしようと思います」


 エルダーは満足したように頷いた。


「ありがとう、ヒマリ。君は素晴らしい女性だ」


「……エルのことが、大好きだから」


 ほんの一瞬、ヒマリの瞳に、氷のように冷たい光がよぎった。

 けれどそれも一瞬で、エルダーはその変化に、気づかなかった。


「だが安心してくれ。妻と銘打ってはいるが、ヒマリのようにいい暮らしはさせないよ。彼女には神殿で暮らしてもらうし、第一身分がもとから違うんだ。わたしたちの隣に並ぶなんてことは、ありえない」


「……」


「こんな風に、贈り物をすることもない」


 よく似合っているよ、とひまりの手をとって、甲に口付けを落とす。

 黄色いドレスは、エルダーからのプレゼントだったのだ。


「貴女は世界で一番美しい」


「……ありがとう」


 ひまりはうつむいた。

 こんなことは、日本にいては、体験できないことだと思った。

 ここへきてから、初めての体験ばかりだ。

 聖女と崇められることも、高価なプレゼントをもらうことも。

 すごくキラキラして、素敵なことばかり。


 けれど素敵な体験と同じくらいに、ひまりの心の中には、多くの不安があった。


「プレセアはヒマリの侍女だと思えばいい」


 けれど一生懸命、エルダーは不安を打ち消そうとする。


「……スタンピードのときは、私の力をもってしても、苦しかった。これからは、二人で協力しなきゃ」


「急激に瘴気濃度が高まっているんだ。仕方がない」


 ひまりはこくりと頷いた。


「プレセアは近いうちに、ここへ来るだろう」


「エル……そういえば、どうやってプレセアさんをここへ呼んだんですか?」


「なに、簡単な魔法を使って、あいつの頭に呼びかけた」


「魔法……」


 ひまりは眉をひそめる。


「魔法って、悪いものなんですよね? 魔物の力を使うから……」


「ああ、その通りだ。だからプレセアの『首輪』として、汚れた力を刻み込んだ。あいつはもともと、汚れた力を溜め込んだ存在でもあるからな」


「……それなのに、どうして聖女に?」


「分からん。その当時、神殿が光り輝いて、お告げが降りたんだ。西の孤児院にいる金色の髪の子供が、この国を救う聖女となる、と」


 ひまりは首をかしげた。


「でも……わたしのときも、そうだったんですよね?」


「ああ、あのときのことは私もよく覚えている。まばゆい光の中、ここへやってきた君を」


 眩しい光を見るような目で、エルダーはひまりを見た。


「私は、そのときのことはよく覚えてないんです」


 ひまりは少し寂しそうに言う。


「もとの世界にいたころ、わたしにとって、確かに重要な何かがあったような気がして……でも、気づいたらこの世界にいた」


「空間を渡った際の記憶がないんだな」


「はい。家族のことや、友人のことを思い出すと、やっぱり寂しくなっちゃいます」


「ヒマリ……」


「でも今は、エルがそばにいてくれるから、大丈夫……」


「ああ。ヒマリのことは、私が責任を持って、大切にするよ」


 二人は見つめあった後、軽く口付けを交わした。


「そういえば……プレセアさんは帰ってくるって言ってましたけど……どうして?」


「ああ……簡単なことさ」


 エルダーは笑った。


「プレセアの……魔力持ちの子どもを隠していた罪で、孤児院を併設していた神殿の神官が捕まっていたんだ。今までもそうだったんだが……言うことを聞かないときは、その神官がどうなってもいいのかと、脅してやっていた」


「え……」


「だが、実はもう、彼はとっくに死んでいるんだ。風邪をこじらせて、ある日あっさり逝ってしまったようだよ」


 エルダーは笑う。


「プレセアは神殿で大切に守られて、育てられてきた。だからこのことを、知らないんだ」


「じゃあ、嘘でおびき寄せたってこと?」


「ああ……まあ、そうなるな。だがプレセアは罪人なのだから、仕方がない」


 エルダーは首を振った。

 ひまりは表情を曇らせている。


「神官の死に伴って、彼の孤児院もなくなってしまったよ」


「!」


「プレセアは気づいてないだろうけどね」


「ひどい……」


「なに、彼女はそれよりもひどいことをした」


 エルダーは当然だ、とでも言うように、鼻を鳴らした。


「仕方のないことさ。君を傷つけたような女なんだから」


「わ、私……」


 ひまりはエルダーに何かを言おうとした。

 けれどそのとき、部屋にエルダーの秘書官が飛び込んできた。


「殿下! プレセアさまが戻ってきたようです!」


「なに! 本当か!」


 エルダーの顔が輝く。

 立ち上がると、急いで秘書官の後へ続く。


「あ……エル……」


 ひまりは手を伸ばす。

 けれどその手は、エルダーには届かなかった。


「……ヒマリさま、大丈夫ですよ」


 しばらくエルダーのいなくなったドアを見つめていると、女官がそっと、ひまりの肩に手をかけた。


「……うん」


「エルダーさまの御心は、ヒマリさまにあります。あのプレセア(悪魔)なんかに、ヒマリさまが負けるはずございません」


 女官も、侍女も、多くの者がひまりの味方だった。

 ひまりは胸でぎゅ、と手を握った後、目を見開いて、つぶやく。


「このサークレットは、わたしのもの……わたしは、この世界で……」


 そっと右手でサークレットに触れる。

 サークレットは、ただひたすらに、冷たい光を宿していた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんかヒマリいい娘ぶってるけど、いじめられたって嘘の証言したよね? ヒマリ視点というわりにはヒマリの考えてることや感情の描写が少なすぎ。
[良い点] 頑張って下さい( ;∀;) [気になる点] 神官のお義父は本当に風邪だったの?(-ω- ?) [一言] 魔王様こっちですって通報したい( ;∀;)
[一言] ひまりちゃんは真実を知ってプレセア寄りになるのかと思いきや、ヤンデレの光がチラホラ……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ