お城に帰ろう
杖を買ってもらって、わぁい、と喜んでいると、じーちゃんが言った。
「いいか、チビ。この杖はお前が必要とするものに姿を変える」
「?」
「デカくて邪魔なら、縮めと命令してみろ」
「え……? ち、『縮め』?」
じーちゃんにそう言われて、杖にそう命令してみる。
すると杖はほんのりと光ったあと、どんどん縮んで行ったではないか!
「うわぁ、すごい!」
最終的に、杖は小さなイヤリングのようなものになった。
「なにこれ、便利だね!」
「他にもいくつかの形態になれる。まあ、危ないから当分はそれだけでええじゃろ」
へえ、他はどんなのがあるのかな。
気になったけれど、魔王さまにも余計なことはするなと言われてしまったので、また今度検証してみよう。
「肌身離さずもっておけよ」
「はーい」
イヤリングを耳に引っ掛けておく。
「ありがとね、偏屈じじい〜!」
「だれが偏屈じじいじゃ!」
じーちゃんに頭を叩かれた。
いてぇ。
じーちゃんはぽつりと言った。
「まあ、腕を掴んだのは悪かった」
わ、謝られた。
「昔……大切な魔道具を盗まれてしまったことがあってな。反射的に、つい、な」
すまんかった。
ともう一度謝られた。
「……いいよ、わたしも偏屈じじいとか言ってごめん」
杖、ありがとう!
そう言って笑うと、今度はくしゃりと頭を撫でられた。
「オズワルドをよろしく頼む」
「?」
どういうこと?
と聞き返す前に、魔王さまに遮られてしまった。
「余計なことを言うな」
魔王さまはそう言って、懐から何かを取り出して、じーちゃんに放った。
くの字型の、黒い鉄の塊みたいなものが、二つ。
「以前話していた改良を頼む」
「ああ、そういやそんな話をしていたな」
?
なんだろう、これ……。
なんか……物騒なものの気がする。
「これなに?」
「触るな。お前には不必要なものだ」
わたしが手を伸ばすと、魔王さまはそれに手を触れさせないよう、わたしを引き離した。
「魔力弾の装填数を増やしたい」
「お前なぁ、武器は武器屋に持っていかんかい」
じーちゃんは呆れながらも、二つの鉄の塊を受け取った。
今の会話でなんとなく察する。
多分それは小型の銃だったのだろう。
人間界にはそんな小さいサイズのもの、なかったからわかんないけど。
「それとプレセアの首輪も改良できないか?」
魔王さまはじーちゃんにもうひとつ注文した。
「今のままでは、もしもこいつが人間界に移動した場合、場所の特定がしづらい。サーチ機能をもっと強化してほしい」
「!」
な、なに言ってんの、魔王さま。
びっくりして魔王さまを見ると、魔王さまはわたしの耳元で囁いた。
「お前を人間界に帰す気はさらさらない。だが人間界に逃げたとしても、また取り戻す」
「……わ、わたし、逃げないってば」
なんかわからないけど、ほっぺたが赤くなった。
気まずくなって、目を泳がせる。
「バカモン。注文は一度に一つにしろ」
じーちゃんは渋い顔をしていった。
「どのみち、それ以上は無理じゃ。人間界ではサーチ能力が落ちて当たり前じゃ。ということで今回はこいつだけだな」
じーちゃんは銃を手にとって、魔王さまを見た。
魔王さまはぴく、と眉を動かしたけれど、それ以上なにも言わなかった。
ふーん、職権乱用はしない派なんだ?
「……ならいい。特急で頼む」
じーちゃんはなにも言わず、手をひらひらと振って、店の中へ入っていった。
すんごく無愛想だ。
お客の見送りもしないなんてさ。
「おじいちゃん、ばいばい」
わたしはその背中に手を振っておいた。
じーちゃん、元気でね〜。
◆
お店を出ると、もう夕方だった。
わたしはなんだか疲れてしまって、魔王さまにおんぶされている。
わたしとウサちゃんを背負って、魔王さまは夕暮れの街を歩く。
お城に帰ることなんて一瞬でできるのに、それをしないのは、わたしのためなのかなぁ。
「ねえ魔王さま」
「ん」
「空、綺麗だね」
オレンジ色。
燃えているみたい。
「あんまりじっくり見たことなかったから、気づかなかったよ」
わたしは魔王さまにぎゅ、としがみついた。
「空ってこんなに、綺麗だったんだね」
「……」
「空気は甘いし、音はね、人の声とか、虫とか、葉っぱの擦れる音。いっぱいするね」
身の回りのこと。
ちっとも意識したことなんてなかった。
昔は体が痛くて、そんなこともわからなかった。
「アイスクリームは美味しかったし。かわいい杖も買ってもらったし。幸せって、こういうこと、いうんだろーね」
そう言うと、魔王さまは前を向いたまま、いつものように問いかけてきた。
「楽しかったか」
「うん!」
できれば、もっと一緒にいたいなぁ。
気づいたら、そんなことを思っていた。
「オズワルド、さま」
そう呼びかけると、魔王さまはびく、とした。
「なんだ、いきなり」
「呼んでみたくなっただけー」
笑ってそう言うと、魔王さまはちらっとこちらを向いた。
「魔王さま、ではなく、たまにはそう呼べ」
「? 名前で呼んで欲しいの?」
「いつもじゃなくていい」
「オズワルド、オズ、オズ!」
「耳元で喚くな、うるさい」
「魔王さまが呼べっていったんじゃん!」
「たまにでいいって言ったろ」
魔王さまはため息を吐いた。
わたしはくすくす笑う。
「魔王さま、あのね」
「なんだ」
「今日はね、お礼に、一緒に寝てあげてもいいよ」
「……背中でよだれを垂らして寝るなよ」
「……ぐう」
「おい」
魔王さまにしがみついたまま、笑う。
「お城に帰ったら、ティアナたちにお土産わたそーね」
「……ああ」
──お城に帰ったら。
ああ、この言葉って、なんかすごく幸せだなぁって思った。




