お菓子屋さん大好き!
「ふわぁ、すごいねぇ」
魔王さまに手をひかれながら、通りを歩く。
ここは市場が並ぶ場所。
アイスクリームを買う前に、街を少し見ていくことになった。
わたしの目の前には、野菜や果物、肉や魚なんかを売るお店が並んでいた。
なんか屋台みたいなのもあって、いい匂いがする。
お肉の串焼きが目に入って、お腹がぎゅるう〜と鳴った。
わたし、こういうの初めて。
人間界にいたころはずっと神殿の中だったし、人込みがすごく新鮮に感じる。
もちろん、街には人間とは姿形が違う人がいっぱいだった。
頭が狼だったり、トカゲ……みたいな容姿をした人が立って歩いていたり。
それでも、人間界で教えられたような、荒れ果てた街じゃなかった。
みんな普通に買い物してるし、揉め事なんかもなさそう。
やっぱり魔界って面白いなぁ。
人間界よりもずっと技術が進歩してるから、見たことのない道具がいっぱいある。
あの、たくさん果物を入れてる瓶は何かな?
お客さんが手に持ってるのはフルーツジュースだから、果物を絞る魔道具とか?
ああ、気になる。
魔界のことをもっと知りたい。
パタタ、と駆け出そうとするわたしを、魔王さまが捕まえる。
「こら」
「あう」
首輪に指をひっかけられて、ぐええとなった。
「ペットは主人のそばを離れるな」
そう言って、手を握られる。
「はいはい」
わかってますよーだ。
ぺろっと舌を出してから、わたしは魔王さまの手をぐいぐい引いた。
◆
市場から少し離れると、喫茶店やお菓子屋さんなどが多く並ぶ区画に出た。
人間界じゃ見たことがないほど、オシャレなお店がたくさんある。
魔王さまが連れてきてくれたのは、看板に黒猫の描かれたかわいいお菓子屋さんだった。
「なにこれぇ」
大きなガラス窓から、中が見えた。
ガラス窓にへばりついて中を観察していると、魔王さまに引き離される。
「ほら、さっさと入れ」
「はーい」
魔王さまに促されて中に入ると、甘い香り。
お店の中はクッキーやキャンディやチョコレートや、その他いろんなお菓子で溢れかえっていた。夢のようなお店だ。
「いつもは混んでいるが、今日は空いているみたいだ」
魔王さまがつぶやく。
「ねえ、お菓子見てもいい?」
「ああ、好きなだけ」
ひょえー、ここ、天国だ……。
わたしは棚に並べられたお菓子をじっくりと見て回った。
中には見たこともないお菓子があり、いくら見ても飽きなかった。
わたしが一番気に入ったのは、宝石飴。
宝石のようにカットしたキラキラの飴を、好きなように瓶詰めできるというもの。瓶も形が選べて、かわいいものがいっぱいあった。
詰めたい詰めたいとねだれば、やってもいいと、魔王さまは言ってくれた。
せっかくなのでティアナたちのお土産にしようと、わたしは瓶にぎゅうぎゅうづめにお菓子を詰めたのだった。
「ほら、アイスクリームは?」
「あ、そうだった!」
瓶を魔王さまに渡すと、魔王さまはお店の一角を指さした。
「あそこだ。小さいが、味は悪くない……おい、走るなよ」
魔王さまに注意されたので、そわそわしながら早歩きでアイスクリームが並ぶコーナーへ向かった。
ガラス張りのケースの中に、アイスクリームが入った箱が並んでいた。
このケースもなにか仕掛けがあるらしく、ひんやりとしている。
冷却し続ける魔道具なのかもしれない。
「すごい! いっぱいいろんなのある……」
バニラにチョコ、レモン、ラムネと、フレーバーは選びたい放題。
どうやらアイスクリームには、お店の中のお菓子をトッピングしてもらえるらしく、綺麗なお姉さんが何になさいますか? と優しく聞いてくれた。
「えーっと、お店にあるもの、全部トッピングしてください」
「やめろ」
もちろん魔王さまに却下されたけどさ。
結局わたしは、マシュマロにチョコ、あとクッキーをトッピングした、二段重ねのアイスクリームを頼んだ。
どこで食べようか迷ったけれど、お店の前には広場があったので、そこのベンチに座って食べることにした。
「ティアナに怒られそうだから、内緒にしとけよ」
「わかった」
うんうんと頷いて、目を輝かせてアイスクリームをぺろぺろ舐める。
お、美味しい〜。
そもそも人間界にはアイスクリームなんてものはない。
冷たいお菓子が食べられるだけで、幸せだ。
アイスにはしゃいでいるわたしの横で、魔王さまも紙のカップに入ったレモンアイスをスプーンですくって食べていた。
紙カップで食べるとは、邪道な。
同じ値段なら、絶対コーンで食べる方がいい!
お上品な魔王め〜。
わたしの心が透けていたのだろうか。
口周りをバニラアイスで汚すわたしを、魔王さまはじーっと見ていた。
またいつものやつだ。
「なぁに?」
首をかしげる。
魔王さまは少し思案顔をしてから、ちゅ、とわたしの唇の横にキスをした。
「!」
それからぺろ、と自分の唇を舐める。
「こぼし過ぎだ」
どうやらわたしの唇に、食べかすがついていたらしい。
ほっぺがカッと赤くなる。
けれど不思議なことに、その行為が嫌じゃなかった。
「……魔王さまって、ロリコンって言われるでしょ?」
ちら、と魔王さまを見上げながら言う。
すると魔王さまは、不敵に笑った。
「手が塞がっているものでな」
お前のせいだ、と言わんばかりに、さっき買ったお菓子の袋とウサちゃんを見せつけられる。
そういえば持つのに疲れちゃって、結局魔王さまに押し付けたんだった。
ごめんウサちゃん。
「こぼさずに食べてくれたら、嬉しいんだが」
「気をつけます」
怒られたって、アイスクリームは美味しい。
コーンにかぶりついているわたしを、魔王さまはじっと見つめていた。
もう、魔王さまって、わたしのことよく見てるけど、そんなにじいっと見てばっかで何が楽しいのかなぁ。なんだかそわそわしちゃうよ。
二人並んで、ベンチで道行く人々を見ながら、穏やかな時間を過ごす。
魔界の町並みは、人間界よりもずっと賑やかで、美しかった。
見たこともない魔道具や、流行の服装、何よりも魔族たちの楽しそうな顔。
オルラシオン聖王国で瘴気の浄化のため、各地を回ったことがあるけれど、どこも飢えや病に苦しみ、生きているのもせいいっぱいな状態だった。
魔界でも王都を離れるとそうなってしまうのだろうか。
アイスクリームをぺろぺろ舐めていると、不思議なことに、道行く人々はわたしを見て、頬を緩ませて頭を撫でてくれたりした。飴とかお菓子とかいっぱいくれたり。
人間界にいたときは、こんな風に親切にしてもらえるなんて、考えたこともなかった。
「よかったな、プレセア」
「ん?」
魔王さまに抱っこされ、向かい合うようにして膝の上に座らされる。
「魔族たちは、お前のことが好きなようだ……」
「……」
ほっぺを撫でられる。
確かに、いろんな人に頭を撫でられるのは、嬉しかった。
人間界にいたころは、一度もそんなこと、してもらったことがなかったから。
でも今はそれよりも、魔王さまのことが気になって仕方ない。
なんか。
よくわかんないけど。
わたしの思い過ごしかもしれないけど。
こういうのって、
こういうのって。
恋人みたい……だよね?




