牢屋のパンは意外と美味い
「はああ……パンうま……スープうま……」
薄暗い牢屋の中。
わたしは出された質素な食事に、野良犬のごとくかじりついていた。
カッチコチのパンに、冷めたスープ。
見た目はアレだが、味はまあまあ美味しい。
「聖なる額飾りのせいで、痛くてごはんの味もしなかったんだよね。やっぱお城のパンって、硬くてもおいしいんだなぁ」
そう呟いて、次はしみじみとスープもいただく。
うん。
これもじっくりコトコト煮込んでいるのか、野菜の旨味が滲み出ていて、すんごく美味しい。
固いパンを浸して食べるのもいいんだよね。
「ここ一週間、毎日スープは日替わりだし、もうそれだけで最高だよ〜」
あの婚約破棄騒動から、あっという間に一週間が過ぎていた。
聖女として今まで忙しかったせいか、牢屋での生活はまったりのんびりとしていて、意外に快適だった。ごはんも美味しいし、寝ていても文句言われないし。
まあ、サークレットがないのが、一番の理由かもしれないんだけど。
ここで少し、自己紹介をしようか。
聖女だとか、聖なる額飾りだとか、聞いている方はよく分かんないだろうしね。
まず、わたしの名前はプレセア。
この国の聖女だ。
魔界と人間界との間に結界を張るのがお仕事。
まあでも、先日の婚約破棄騒動で、ついにクビになっちゃったんだけどさ。
わたしが聖女に選ばれたのは、推定五才のころだった。
推定五才っていうのは、わたしが孤児で、誕生日がよく分からないから。
孤児院の院長先生が、かけがえのない大切なもの(プレセア)という名と、誕生日をくれたのだ。
孤児だったけれど、わたしは孤児院で、それなりに幸福に暮らしていた。
けれどある日、王都から神官たちがやってきて、言ったのだ。「あなたが今代の聖女様です」と。
なんと、神殿にわたしが聖女であるというお告げがくだったらしい。
オルラシオン聖王国は、昔から魔界の瘴気に悩まされてきた。
魔界というのは、魔力をその身に宿した凶暴な魔族たちが暮らす世界のことだ。
人間界と魔界は同一の世界線上には存在しない。けれど裏と表、光と影のように、対になって存在する世界だと言われている。
そんな魔界には、人間界でいう空気のように、『瘴気』というものが存在しているらしい。それが人間界に入り込むと、動物が凶暴化して魔獣になったり、人体に悪い影響が出て、争いや犯罪者などが増えてしまうのだという。
そんな瘴気を食い止めるために存在するのが、『聖女』と呼ばれる存在だ。
聖女は神に愛され、『聖力』と呼ばれる神秘の力を授けられて、この世界に生まれてくる。
聖の力を使ってできることは、『癒しを与えること』と『結界を張ること』の二つだ。
つまり体の怪我や病気を治したり、魔界と人間界との間に結界を張って、瘴気を食い止めることができるのだ。
そしてそんな聖女を守るため、オルラシオンに繋げておくために、代々王さまと聖女が結婚するのが、この国のしきたりとなっている。
わたしも例に漏れず、五歳のときに神殿にあがり、七歳の頃から国の結界維持の任を前聖女──王妃様から受け継いだ。
王妃様は体が弱くて、若くして儚くなってしまわれたのだ。
神殿で修行していたおかげか、結界維持自体は滞りなく行うことができた。
ただし、わたしには、大きな問題が二つあった。
一つ目。わたしには潜在的に膨大な量の『魔力』があったこと。
魔力とは、魔族が内に秘める穢らわしいエネルギーのことだ。
聖力と魔力は、反対の関係にあるらしい。
そのため、聖女の力を増幅させる聖なる額飾りをつけると、体内にある魔力と反発しあって、体に激痛が走り続ける。
それでも聖女は、これをつけなければならない。
『聖なる額飾り』は、聖女である証と同時に、結界の維持のために聖力を増幅させてくれるものだからだ。
だからわたしは、何年もサークレットによる激痛に悩まされることになったのだった。
そして問題の二つ目。
それは王太子殿下ふくめ、貴族全般からの支持が得られていなかったこと。
これは孤児というわたしの出自と、魔力の高さが原因だった。
オルラシオン聖王国では魔力が高いと、犯罪者予備軍として忌み嫌われ、ひどいときには収容所に入れられたり、処刑されたりしてしまう。
魔力を持つ者は、魔法という汚れた呪術を行うことができるから、国民の多くは、魔力持ちの人たちを恐れているのだ。
おまけに魔力が高ければ、髪や瞳の色が常人とはかけ離れたものになるため、すぐにばれてしまう。
わたしの場合、髪の毛が宝石を散らしたようにキラキラと光る金色。この時点でも若干おかしいが、決定的だったのは、目の色が濃いマゼンダ色だったことだ。
もう、なんというか、一発で魔力持ちだってバレちゃう。
そのせいで皆にはあまりいい顔をされなかった。
魔力の強い聖女なんて、歴代で最悪の聖女だったといえるだろう。
それでもお告げが降ったのだから、とわたしは聖女に祭り上げられた。
この時点で、体の弱かった王妃様の後任の不安もあったのだと思う。
嫌だと言っても聞き入れられるわけがなく、神殿と王宮に監視されながら、わたしは聖女の勤めを果たし続けた。
孤児院のみんなに会いたくて、何度か逃げ出そうとしたこともあった。
もちろん、全て失敗に終わったけどね。
サークレットのせいで、あまり表情も出なくなっちゃって、気味が悪いって殿下に言われたっけ。
だけど痛いとか辛いって顔したら怒られるし、痛みがひどいのに笑うこともできないし、無表情でいることがわたしの精一杯だったのだ。
王妃教育も、激痛のせいでまともに受けられなかったし。
だから礼儀はなっていないわ、学はないわで、高貴な血を持つ方々からは、わたしはたいそう煙たがられていた。
けれどそんなことも気にならないくらい、聖女の任は忙しかった。
ただでさえ結界を張り続けることは気がめいることなのに、怪我人を治療したり、地方を巡行したりと、イベントが盛りだくさんだったのだ。
もう、疲労で毎日死ぬかと思っていたくらいだ。
だから、ヒマリちゃんが来た時、わたしはもしかしたらって思ったんだよね。
なんか詳しくはよく分かんないけど、ある日神殿に『真の聖女が異世界より来たる』というお告げが降りた後、ヒマリちゃんが異世界から来たらしい。
可愛くて聖力も強いヒマリちゃんに、エルダー殿下は夢中になっていった。
それは運命の糸が繋がったかのように。
ヒマリちゃんの方も、積極的に怪我人を治療したり、貴族たちと交流を持ったりと、自然に聖女らしい生活を送るようになっていった。
だからもしかしたら、わたし聖女をやめれるかも!? と思ったのだ。
そして実際に、そうなったわけだ。
よくわかんない罪を被せられちゃったけど。
幸いなことに、ヒマリちゃんは異世界から来たせいか、魔力がない。
だからサークレットをはめても、痛みもなく聖力を使うことができるのだ。
どうか彼女がサークレットに苦しめられることになりませんように、とわたしは願う。
「はふぅ。もっと食べたいなぁ」
牢屋の中で、わたしは腹をさすった。
美味しいんだけど、量だけが物足りないかなぁ。
腹八分目って感じなんだよね。
ああそうだ、あとデザートとか、甘い物とかあったら、すんごい嬉しいかも。
わたし、チョコレート食べたいな。
神殿では、贅沢が身につくからって、禁止されてたんだよね。
ぽんぽこお腹をさすりながら、汚いベッドの上に寝っ転がる。
わたしがなんでこんなに余裕なのかっていえば、それはもう、サークレットが外れたからに尽きる。
そのおかげで魔力を使い、魔法を行使できるようになったのだ。
「さぁて、今日も飛行練習でもしますか」
しばらく休憩してから、わたしは上半身を起こすと、集中して目をつぶった。
魔法に系統があるのかとかはよく分からない。
だからわたしはこれを飛行魔法と呼んでいる。
ふわり。
体が宙に浮き上がった。
これは体を浮かせる魔法。
昔、孤児院でこうやっていろんなところをふわふわと飛んで、怒られたものだ。
「うーん、まだ不安定だなぁ……ってうぎゃああああ!?」
集中力が切れたせいか、体が勢い良くさらに上に跳ね上がった。
当然天井にぶつかり、思わず悲鳴をあげてしまう。
すると今度は魔法が切れて、ビターン! とベッドに落ちてしまった。
「おい、なんの音だ!?」
悲鳴を聞いたからだろう。
見張り番がわたしのもとへすっ飛んできて、叫び声を上げる。
「な、なんでもないれふ……」
わたしは鼻をさすりながらそう言った。
うわーん、大して高くない鼻が、さらに低くなっちゃう……。
「……処刑の恐怖で、頭がいかれっちまったか」
涙目になっているわたしに、見張り番は哀れみの目を向けた。
「ほら、最後の晩餐に、甘い物でも食べときな」
そう言って、おじさんは鉄格子の隙間から、紙に包まれた何かを差し出した。
ちょ、チョコレートだ!
わたしは鼻の痛みも忘れて、それに飛びつく。
「うわぁ、おじさん、ありがと!」
「……大事に食いな」
そう言って、おじさんは去っていった。
わたしは牢屋の中で、チョコレートを頬張る。
ううーん、うまい!
久々の甘味に、ほっぺたがきゅう〜っと痛くなった。
美味しい物食べるとほっぺが痛くなるのは、なんでなんだろうね。
……なんて、実は呑気に考えている場合ではない。
「あ〜いよいよ明日かぁ。こんな不安定な飛行魔法で、うまくいくのかなぁ」
なんだか不安になって、わたしはため息を吐いた。
チョコレートをかじりながら、ベッドの上に寝っ転がる。
「処刑なんて、ひどすぎだよね」
そう。
実はこのわたくし。
明日の朝、処刑されちゃうのである……。