拷問中……
「んー、ものを食べても吐き戻してしまうし、点滴しましょうか」
目がさめると、お医者さんがいた。
心臓がバクバクしている。
なにかひどく怖い夢を見ていたような気がするけど、内容がぼんやりとしていて思い出せない。
けれど体にはびっしょりと汗をかいていた。
昔の、辛かった頃の夢を見ていたのかも知れない。
「あ、目が覚めたみたいね」
「ん……おいしゃさん……?」
「ええ、そうよ。あなたの熱が高いから、治療させてもらうわね」
いつもわたしを見てくれる、綺麗でやたらおっぱいが大きい女医さんだ。
えーっと、名前は……。
だめだ、頭がぼーっとして、思い出せないや。
お医者さんは、何か器具を用意し始めた。
あれ……?
手に持ってるその針みたいなのは、何?
「大丈夫よ、少しチクっとするだけですからね」
「それ、なに……?」
不安そうな顔をしていると、ティアナが教えてくれた。
「針から、直接プレセアさまのお身体に栄養を入れるんですよ」
そう聞いた途端、わたしはゾッとしてしまった。
まだ悪夢の続きを見ているのだろうか。
頭が混乱してしまい、どこにそんな力があったのかというほど、わたしは暴れてしまった。針を刺す直前、耐えられなくなって逃げ出そうとする。
「やっ! いやぁっ!」
針を跳ねのけたあと、本当の五歳児のように泣きじゃくった。
「ひどい、ひどい! みんなうそつき! わたしに、痛いことするの!」
「プレセアさま……」
「やだよ、そんなのしないもん!」
みんな困っていたけれど、そんな針を体の中に入れようなんてほうが、頭がどうかしてる。
もしかして、これって拷問?
「やだぁ……」
子どものように泣きじゃくる。
みんなオロオロとわたしを落ち着かせようとしていた。
それでもわたしは泣き止まない。
「どうした?」
落ち着いた声が部屋に響いた。
そんなに大きな声じゃなかっただろうに、わたしの耳は敏感に、その甘さを含んだ声を拾い上げる。
涙で歪んだ視界に、黒が滲んだ。
「……可哀想に」
その人は、いつもの大きな手で、わたしの涙を拭い取る。
「魔王さま……っ」
そこにいたのは、落ち着いた様子の魔王さまだった。
魔王さまはベッドに座る。
わたしは必死に、起き上がって彼にしがみつこうとした。
頭がズキズキして、吐きそうになる。
ティアナが「寝ていてください!」と焦ってわたしをベッドへ戻そうとしたけれど、魔王さまは軽々とわたしを抱っこして、抱きしめた。
「苦しいのか、プレセア」
「うん、うん……」
魔王さまに抱きしめられると、不思議と心が落ち着いた。
あれほど泣きじゃくっていたのに、涙も止まる。
くすん、と鼻を鳴らして、もぞもぞと魔王さまの胸にしがみついた。
「やだ、針さすの、や……」
そう言って駄々をこねる。
魔王さまがお医者さまと目を合わせる気配がした。
それから静かな声が降ってくる。
「……少し、俺の話を聞いてくれるか」
「……」
しばらく黙って、仕方がないのでこく、と頷く。
「いい子だ」
そう言って頭を撫でられれば、また体から力が抜けていく。
「これはお前の病気をよくするためのものだ」
「……よくするもの?」
「ああ。お前は口から栄養を取れないから、針を使って直接体の中へ栄養を入れるんだ」
「……怖い、そんなの変だよ……」
ぶるる、と体が震えた。
針を体に入れるなんて、正気じゃない。
「変じゃない。魔界では当たり前だ。栄養がとれなければ、もっと悪化してしまうぞ」
「……」
「俺のことが信じられないか、プレセア」
くっと顎を持たれて、視線を合わせられる。
「怖いの……」
ぽろぽろと涙を零せば、魔王さまに涙を拭われる。
「大丈夫だ、すぐに終わるから」
「……」
「俺がそばにいる」
頬を撫でられる。
どうやら拒否権はないようだった。
「やってくれ。俺が見ているから」
魔王さまはお医者さまにそう言う。
「〜ッッ」
怖くなってふるえる。
するとぎゅ、と魔王さまに抱きしめられた。
「……ふぇ……無理……ひっく……やだぁ………!」
抵抗しても、魔王さまは離してくれない。
「はい、少しチクっとしますよ」
「あぅっ!」
痛い!
チクっと針が皮膚を刺す感覚に、悲鳴をあげてしまった。
逃げたくてもがこうとしたけれど、魔王さまに体をしっかりと抱きこまれて動かすことができない。
ぽろぽろと涙が出て、ひっく、と嗚咽が漏れる。
しばらくじっとしていると、ちくっとした感覚は引いていった。
「……はい、終わりましたよ。よく頑張りましたね」
刺した針をテープで固定された。
わたしは怖くて、そちら側を見られなかった。
「よく頑張ったな、プレセア」
魔王さまに頭を撫でられた。
ぐすぐす泣きながら、魔王さまに頭を擦り寄せる。
「痛いの……これやだよ……」
「大丈夫だ。じきに痛みにも慣れるだろう」
うそ、うそとつぶやいていたけれど、疲れてしまったのか、だんだん眠くなってくる。
そうすると、点滴の痛みも少しずつ感じなくなっていった。
わずかに腕に違和感があるだけ。
「陛下、このまま寝かせてしまいましょう」
「ああ」
ぐったりとしたわたしを、魔王さまはベッドへ寝かせる。
安心できるぬくもりが、離れていってしまう……。
「行かないで……」
「ああ、ずっとここにいる」
魔王さまは手を握ってくれた。
「治ったら、お前のわがままをなんでも聞いてやる」
体が熱い。
うるんだ瞳で魔王さまを見上げる。
「わたし……アイスクリーム食べたい」
「そうだな、それじゃあ街へ行こうか」
「ほんと?」
「ああ。この間、うまいアイスクリームの店を聞いた」
「おそと、つれていってくれるの?」
「この風邪をきちんと治したらな」
こつ、と魔王さまは自分の額とわたしの額を合わせた。
「お前に嘘はつかない。俺はお前のためなら、なんだってするよ」
じゃあ、じゃあ。
「わたしを、一人にしないで」
ペットだって、なんだっていい。
わたしは聖女だったけど、今は魔王さまのそばにいる。
わたしは、ここにいたい。
たとえそれが、偽りの関係だったのだとしても。
魔王さまはわたしの汗に濡れた前髪をかきわけて、口づけを落とした。
「約束する。絶対にお前を一人になんかにしない」
魔王さまは笑う。
「大丈夫だ。お前はもう、苦しまなくていいんだ」
……そっか。
もう、本当に、終わったんだね。
わたし、祈りを捧げなくてもいいんだ。
わたしは魔界へ来てから初めて気づいた。
いや、自覚した。
もう二度と、聖女にはならなくてもいいし、あの場所へ帰らなくてもいいということに。
あのサークレットもつけなくていい。
殿下にひどいことを言われることもない。
もう痛いことや苦しいことは、終わったんだね。