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聖女《ニセモノ》がいなくなった王宮で① エルダー視点

「ヒマリさまの体調はいかがでございましょう」


「ダメだ、まだ神殿に戻すわけにはいかない」


 ──人間界。

 オルラシオン聖王国、王宮のある一角。


 王太子であるエルダーは苛立ったように、白い神官服を纏った男と対峙していた。

 神官は困ったように眉を下げていた。


「しかし殿下、聖女さまが祈りを捧げられなくなってから、もう一月が経ちます……」


「……ヒマリの場合は一度の祈りで十分な効果が発揮できる。プレセアと違い、毎日祈りを捧げる必要もないと考えている」


「そのような問題では……」


「私が言いたいのは、あくまで『結界維持』に関する姿勢の話だ。……聖女として、民草を、国を守護する者の象徴としてのヒマリの姿勢に、貴方が疑問を抱いているのは、重々承知している」


 プレセアの処刑から、一月が経っていた。

 あれ以来、異世界の聖女(ヒマリ・ハルシマ)は体調を崩してしまい、部屋からなかなか出てこられなくなってしまったそうだ。

 けれどエルダーは、それも仕方のないことだと思っていた。

 ヒマリは家族も、友人も、何もかもを置いて、この世界にやってきてくれたのだ。そして慣れない『祈り』という行為のせいで、体調を壊してしまったのだろう。

 

 だからエルダーは、そんな聖女を、気遣わずにはいられなかった。

 いくらこの国に『聖女の祈り』が必要だったとしても、まだ十五歳の、事情を掴みきれていない少女に祈りを課すほど鬼畜ではないと思っている。


「ヒマリのような事例など、今までになかった。ヒマリは大切に大切に扱うべきだろうと判断されている」


 異世界の聖女など、伝説上の人物だ。

 異世界人を妻にした王などは、歴史上見たことがない。

 だからエルダーは、ヒマリを失わぬよう、細心の注意を払うべきだと考えている。

 体調面や精神面に関しても、ケアを欠かさないようにしているつもりだ。


 けれど王宮側がそれで満足していても、神殿側は随分と不満を募らせているようだった。

 それはそうだろう。

 いくらヒマリの心身を大切にしなければならないとはいえ、もう一月も、ヒマリは祈りを捧げていないのだから。

 そしてそれを、王太子は容認している。


 ヒマリ・ハルシマはいわば、すべての存在を超越した、神のような存在だった。


 聖力は非常に強く、その祈りで多くの人々を救った。

 それは国民の信仰を集めるのに十分な出来事だった。

 彼女は文句のつけようがない聖女だ。


 けれど最近は祈りも捧げず、部屋で一日中ぼうっとしたり、城下町へ降りたりと、だんだんその素行に疑問が持たれるようになってきた。


「ヒマリには休息が必要だ」


 エルダーは強く思う。

 

 プレセアとは、違うのだ、と。


 あの女は、聖女であることを笠に着て、辛いだのしんどいだのと宣い、聖女の役割をろくにこなさなかった。


「しかし、そろそろ祈りを捧げなければ……」


 それでもなお言い募る神官に、エルダーは苛立ったように言った。


「聞いていなかったのか? 結界を張ることは、とても疲れることなのだ」


「……」


「特に慣れていないヒマリにとっては、負担になっている」


 部屋に沈黙が降りる。

 ぽつりと、神官が言った。


「それはプレセアさまにも言えるのでは……?」


 エルダーはその続きを聞かなかった。


「その話はやめろ。貴様はヒマリを侮辱する気か?」


「……」


 なぜ、今頃になってプレセアの話をするのか。

 エルダーは苛立って仕方なかった。

 けれどエルダー自身も本当は分かっているのだ。

 多くの者が疑問を抱いていることに。


 プレセアの処刑は、本当に必要だったのか、と。


 ◆


 エルダーとプレセアが初めて実際に顔を合わせたのは、エルダーの母親であったエレナ妃が亡くなってすぐのことだった。

 大神殿にお告げが降り、わずか五歳の少女が選ばれてから、すでに二年の月日が経過していた。

 聖女というものは、結婚するまでは大神殿で暮らさなければいけない決まりがある。そこで聖女のことや王宮でのしきたりを学び、時が来たら晴れて国王陛下の妻となり、国母となるのだ。


 そのとき、母が亡くなったばかりで、エルダーの心は沈みきっていた。

 それでも聖女としての役割を受け継いだプレセアに会いにいき、これから二人で国を支えていくのだと、ある意味戦友のように、盟約を交わさなければいけなかったのだ。

 

 エルダーは気が進まなかった。

 王族にとって、結婚とは国をより豊かに導くための、契約のようなものだ。

 そこに恋や愛だのという感情はない。

 けれど国のために多くの時間を共に過ごすうちに、家族としての愛を、国を守る守護者としての信頼を、夫婦間で育んでいく。

 だからエルダーは結婚自体は仕方がないことと思って、受け入れていた。

 国を守るための儀式なのだから、それを受け入れることは、王の座を継ぐものとして当然のことだ。

 けれどどうしても不満だったのが、自らの結婚相手の身分のことだった。


 歴代の聖女は、多くは貴族の娘の中から選ばれていた。

 エルダーの母もそうで、建国当初から続く、由緒正しい立派な大貴族の娘でもあった。

 庶民の娘が聖女として選ばれたこともあったが、それもたった一度だけだ。

 このように、後ろ盾も何もない娘が選ばれることなど、なかった。

 庶民の娘などが、本当に、聖女になれるのか。


 母上のように、偉大な聖女に、なれるというのか。


 最初から、疑っていたのだ。

 身分も何もない娘に、そんな大役が務まるのかと。


「初めまして、エルダーさま」


 そして初めてプレセアと出会ったとき、エルダーは確信した。


 この娘は聖女ではない、と。


 なぜならプレセアは、人間離れした容姿をしていたからだ。


 細やかな光を纏う金色の髪。宝石を散らしたように輝くその髪は、明らかに普通の人間が持って生まれるような髪色ではない。

 けれどもっと変わっていたのは、その濃いピンク色の瞳だろう。

 血を薄めたような、禍々しい色。

 髪を「宝石を散らしたよう」と例えるのなら、瞳は「本物の宝石」だった。

 キラキラとまばゆい光を放つその瞳は、けれども不気味なほどに、なんの感情も映してはいなかった。本当の石のように、冷たかった。いわば、人形のようだったのだ。


 ──プレセアは、どこからどう見ても、この国で汚れた存在とされる「魔力持ち」だった。


 それでも王太子として、決して聖女ではないなどとは、口には出さなかった。

 五歳からの二年間、神殿で修行したという彼女のためにも。

 けれど会話をしていくうちに、やはりエルダーは、プレセアとは気が合わないと思った。


「何か、辛いことがあるのかい」


 あまりに無表情で、不機嫌そうにも見えるプレセアに、エルダーは穏やかに聞いた。

 するとプレセアは、わずかに動揺を見せた。言うか、言わないか、迷っているようだった。

 

「……サークレットが痛い、の」


 ようやく口を開いた少女は、エルダーにそう言った。


「どうして? どうしてこんなものを、つけなくちゃいけないのですか?」


 ──こんなもの。


 聖女として活躍した母の形見であるサークレットを。


 この少女はこんなもの、と呼んだ。

 国の宝であるサークレットを。


 サークレットを見るたび、清らかなる母の祈る姿を思い出す。

 国のため、父王のためにと、神殿で祈り、民の信頼も厚かった母。

 きっと神は、そんな彼女を気に入って、天へ連れて行ってしまったのだろう。

 形見のサークレットと、聖女の勤めをプレセアに託して。


 母を失くしたばかりで沈み込んでいたエルダーは、プレセアの無神経な言葉を聞いて、眼の前が真っ赤になってしまった。国を守り通した母を、聖女の任を、侮辱されたように感じたのだ。


 だからエルダーは気づかなかった。

 プレセアの瞳に、涙がにじんでいたことに。

 エルダーに、わずかな希望を見出していたことに。


「ッその言いようはなんだ!」


 気づいたら、エルダーは叫んでいた。


「母上の形見なのだぞ!」


 七歳の少女はびく、と肩を震わせ、目をまん丸にする。


「ご、ごめんなさい……」


 聖女の任がどれほど大切なものなのか、この少女はちっとも分かっていないのだと、エルダーは感じた。

 まだ幼いとはいえ、プレセアの年頃には、エルダーはもうすでにこの国を背負って立つ覚悟を決めていたのだ。プレセアにそこまで求めるつもりはないが、聖女を馬鹿にするような発言だけは、許しがたかった。

 そしてこれをきっかけに、エルダーはプレセアのことを嫌うようになっていったのだった。


 それでも、聖女と王の結婚は、絶対だ。

 だからそれからも、エルダーは仕方なしにプレセアに関わるしかなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ヒヤリ贔屓がすごい。 ほんと、やめて良かったとおもうよ。
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