8 銅青会
教室に入ったのは、予定通りテスト終了とほぼ同時だった。
先生と目が合ったので、遅れてすいませんという意を込めてぺこりと頭を下げる。
「わ、中川。遅刻なんて珍しいじゃん。どうしたの?」
隣の女子が声を潜めてそう言った。
「ど忘れしてた」
橘結花。学校でも同じクラスで、そこそこ仲のいい女友達だ。
「なにそれ」
「ちょっと夢中になる出来事があって」
「何?」
「えーっと……」
探索者になった、って言えばいいのか?
探索者という職業は、良くも悪くも注目を集める。
トップランカーくらいになれば"悪くも"の方はただの僻み嫉みだが、低ランクの探索者……つまり、才能がない者と初心者は『なんでそんな職業選んだんだ』とか『普通の仕事に就けなかった落ちこぼれ』みたいに言われることも多い。
とはいえ強い探索者は『氾濫』の予兆が確認された迷宮のモンスターを間引いたり実際に地上に出たモンスターの駆除を行う英雄的存在でもある。
トップ層の探索者とそれ以外では、違う仕事してるのかと思うほど評価が違う。
トップ層の評価が高すぎるだけかもしれないが。
強い探索者は称えられる。
ゲームのキャラクターになったりもするし特集雑誌やらコスプレグッズやらがあったりもする。俺も欲しい。
だが、弱い探索者はどうか。
表立って蔑まれはしないが、何一つ誇れることがないようなイメージを持たれている。
「ゲーム……的な?」
「ふーん」
まぁ、強くなったら話させてもらおう。
強くなれなかったら闇に葬るだけだし。
「いいかー?確率の時は全部区別します。〇〇、〇×、××でハイ1/3!とか意味わかんないぞー?〇〇、〇×、×〇、××でで2/4に決まってます。宝くじで当たる、当たらないだから1/2って言ってるのと同じです。分かる?そんならみんな買いますよ〜」
で、今後の探索者活動についてだけど……
正直、一番の問題は時間だね。
本当は1日10時間くらい毎日潜りたいくらいの気持ちだけど。
…………うん。
やっぱり数学、やめようかなぁ。
探索に時間取れるし。
数学は得意だからなんとかなるはず……多分。
そもそも探索者になるんなら大学とかあんまり気にしないでいい。
学生の身では探索者としての活動が大幅に制限される。
効率的な時間の使い方を考えておいた方がいいだろう。
長期休暇ならまだしも、土日休みに遠くの迷宮まで遠征しに行くのは時間的にも厳しい。
というか土曜の午後に数学の授業がある時点で無理。
やっぱり数学だけでもやめようか……?
だからといって学校を欠席ばかりしていると周りから浮くし、単位も危ない。
どうしたものだろう。
そんな事を考えていると、いつの間にか授業は終わっていた。
40分かけて来た意味……
「おーい、和貴〜。プリント取りに来てくれ」
「はーい」
やめる、か……。
正直授業はすごい分かりやすいしフレンドリーで良い先生なんだけど。
でも、探索したいからなぁ……
とりあえず、来年度までに決めておこう。
そろそろ冬休み。つまり期末が近づいているということでもあるし、銅青会の内部模試も少し遅れてやってくる。
内部模試の結果で高三1年間のクラスが決まるし、一応いい結果を出したいところ。
その時までに探索者としての自分の才能を見極める。
探索者を続けるなら効率よく探索できるよう曜日変更すればいい。
探索と勉強はおそらく両立しない。
確実に宿題は回らないし、探索の時間も質も落ちるだろう。
どちらか1つ。
進学か、探索者か。
個人的には、後者を選択したいところだが。
今はまだ、どっちに転ぶか分からない。