35 8層
8層に戻ると、先程の寒さが嘘のように……とまでは行かないが、上着を着れば全くと言っていいほど寒さを感じなかった。
これなら戦えるだろう。手もかじかまないし。
「よし、まだ舞える」
「冷凍ブレス吐く蛇がおるって聞いたけど大丈夫なん?」
「気温はどうにもならんがブレスは防げば終いだろ?避けてもいいし。ただ防ぐにしろ避けるにしろブレス後は少し寒くなるようだから注意を…って、お前は毛皮の上着があるから大丈夫か」
「上着ちゃうし」
「来たぞ。雪巨人……基本物理攻撃だがまれに吹雪を操る攻撃が来る。飛ばされるなよ?」
「おう。で……いつもどうりか?」
「もちろん」
駆けていくハティ。
その先には身長5メートル程の雪の巨人。
吹雪の中からゆっくりと、地面を震わせながら歩いてくる。
初心者迷宮第8層、雪原ステージ。
広大な階層は吹雪に閉ざされ、50mから先の視界には白以外映らない。
振り続ける雪は一体どこに消えるのか、地面にはうっすら積もるだけ。
それでも足跡などほんの数分で消えてしまう。
ここほどDPSが役立つ階層もなかなか無いだろう。
DPS──dungeon positioning system──は、各階の上り/下り階段から発せられる信号を受信し位置を割り出す技術の事だが、DPSと言えば協会で売ってる30万くらいの腕時計型専用受信機を指すことが多い。
各階層の地図(有料)をインストールすることでより詳細な現在地を表示するなど課金を誘う便利機能も満載だ。
今までは階段傍の目印を頼りに行き来していたが、この階ではそうもいかない。
30万がワンクリックで飛んでいったにも関わらず普段の買い物と同じ感覚だったのは探索者的金銭感覚のズレが出てきたのだろう。
もっとも、この小さな機械の利便性を考えると30万くらい惜しくもなんともないんだけど。
ハティ目掛けて拳を振り下ろす雪巨人。
動作は緩慢で拳も遅い。これなら援護の障壁はいらないだろう。
拳を避け、双剣で切りつけるが、キキキン!という音が鳴るばかり。
それにしても4足で走りながら前足で切りつけるって凄いな。
「光剣、ウォーターカッター、ホーリーレーザー、アクアボール……」
とりあえず、片っ端から試していく。
光剣は1本が刺さったが他は払われた。ウォーターカッターは大して効果がなかった。
ホーリーレーザーは当たった部分の氷を局所的に溶かしたが、内部には届かずアクアボールは飛び散って凍った。
体を覆う氷は分厚く、多少動きを阻害するが関節部にすら継ぎ目はない。
何とかこの氷を剥がさないことにはハティの攻撃も通らない。
「気弾・貫通弾」
ビシッ!
氷をの鎧に亀裂が走り、目測で深さ3センチほどの穴が空いた。
「気弾・強化貫通弾」
先程と同じく貫通の特性を持たせた気弾、その強化バージョン。
「コォォォオァァ!」
「わフッ!?」
「お?腕で防ぐか……警戒してんな。ハティ、少し下がれ!相性が悪い」
「了解」
なるほど、雪巨人……ゴーレムっぽい見た目から知能なく暴れるだけのモンスターと思っていたが。
先程の一撃を浴び、そして今回の強化バージョンを受けたことで”気弾”を警戒している。
無詠唱で光弾を放つと、大きく身体をねじって全て躱す。
やっぱり目で見てんのか。
攻略は案外簡単なようだ。
「ハティ。あの鎧、剥がしてやるからそれまで周りの警戒を頼む」
「おす」
光弾に気弾を混ぜて弾幕をはる。
知能たる相手への必勝パターンになりつつある攻撃だ。
気弾は速度重視の低火力のものを。
気弾は貫通特化特性弾を。
毎秒光弾15、気弾3くらいか。
敵の大きさを考えれば十分な弾幕と言っていいだろう。
身を捩り、氷の盾を出して弾幕を凌いでいた雪巨人だったが……
避けきれなかった光弾に当たり、コァ?と不思議そうに声を上げて避けるのを止めてしまった。
「気弾気弾気弾気弾……」
ありがたい。
数発の気弾が命中し、大きくヒビが入る。
バランスを崩した雪巨人に追撃で弾幕を放つが氷の盾……先程とは比べ物にならない程の大きさの、氷の壁とでも言うべきそれに阻まれる。
「ハティ、こっから何時ものね」
「ん」
傷の修復を試みているらしい雪巨人に、壁を回り込んだハティが仕掛ける。
同じく回り込んだ俺の魔法とハティの双剣。
光魔術で魔法使い役と僧侶役をこなす俺と、前衛として回避系タンク役と剣士役をこなすハティ。
結構いいパーティだと思う。
「気弾・爆裂弾」
「ワウッ!」
10分程の戦闘の末、ようやく雪巨人を倒した。
「よし!ナイスだハティ!」
ドロップ品を拾いに歩き出すと、ハティがこちらを向いて焦ったような声を上げる。
「カズ!」
ヒュー、という風切り音。
「後ろや!」
「障壁!」
シールドを破った雪梟の爪が頬を撫でた。
恐る恐る指で触れるが、傷の感触は無い。
「大丈夫か!?」
「ああ……あの店員に感謝しないといけないらしい」
「そか。全く……油断も隙もあらへんなぁ」
偽りの空を見上げて、忌々しそうに呟いた。




