2 探索者デビュー
「ふう。これで俺も探索者の仲間入りか…………実感湧かないなぁ」
『神戸の初心者迷宮』1階層で出現する敵は主に2種類。
体長20~30センチのネズミ、『ラット』と貧相な小鬼『ゴブリン』である。
ラットはその体格上、下半身に狙いが集中する。
足を噛みに駆け寄ってきたところを蹴り付ければ数十秒は動けなくなる。
ゴブリンは力が弱く狙いも単調で、少しグロいが中距離からの投石で十分に倒せる相手だ。
家の近くということもあり、いずれ挑む時のためにYoutuveで攻略動画を腐るほど見てきたからな。
負ける気はしないし死ぬ気もしないが、それでもやはり、緊張する。
「ギィっ」
トンネルは地下へと進み、RPGでよく見るような石の通路が姿を現した。
鳴き声とともに何かの足音が聞こえる。
その方向を向いてみれば、案の定というかラットだった。
全力で振り抜いて外したくもないので、威力をセーブしつつインサイドキックを見舞ってやると、サッカーボールとは比べ物にならない重量感と共にラットが吹き飛んだ。
すぐに追いかけて、体を痙攣させてギッギッと鳴くラットに心の中で謝って鉄棒を振り下ろす。
固いようで柔らかい何かを殴った感触が伝わり、ラットの死体が溶けて消えた。
後に残ったのはラットの尻尾……何に使うか分からないが、取っておくか。
ドロップ品は換金出来るしな。
「まぁ、攻略情報様々だな」
レベル1から2にアップするには(個人差もあるが)ラット5~10体分の経験値が必要らしい。
スクロールの泥率は大体1%という話も聞くし、最初のスキルを手に入れるまでにレベル4か5くらいにはなっているだろう。
再びとてとて走ってきたラットを蹴飛ばし、鉄棒を見舞う。
抱いてー!と走りよってくる訳でもないので心を痛めていられない。
ここは『迷宮』。
生きるか死ぬか、命をかけて人間とモンスターが闘う場所だから。
「ゲギャ」
ゴブリン。
人外ながらも、そこそこ人に近い見た目をしている。
流石に少し、殺すには抵抗がある。
……なんて、言っていられないよな。
「くらえっ!」
ボロボロの武器を持って飛びかかってくるゴブリンに、容赦なく石を投げつける。
1つでは不安だったので、手に握れるだけ握って一度に投げた。
散弾のように飛んだ石礫に全身を打たれて崩れ落ちたゴブリンに鉄棒を振り下ろす。
3度目で、ビー玉サイズの茶色の魔石をドロップした。
ここまではかなり順調だ。
体系化された対処法に穴はなく、鉄板の鎧とヘルメットに守られている体には未だ1度も攻撃は当たっていない。
この程度なら、スクロール周回にも向いてるよな。
当たりのスキルが出るまで、放課後と週末は通いつめることになるだろう。
流石に、1層のモンスターを楽に倒せるからじゃあ2層に挑もうか、という気にはなれない。
まずはレベルを上げてちゃんとしたスキルを取ろう。
「よし……どんどん狩るぞ!」
俺は再び石の廊下を歩き始めた。
地図があるから迷わないという安心感に身を委ね、モンスターを探して歩き回る。
「たしかこれで5体目……レベル上がんないな」
まぁ、レベルが上がる速度は個人差があって、そこは才能なのでどうしようもないからな。
そんなことを呟いていると、既に見慣れた姿が奥から走ってきた。
「ギィ」
「ラットか……的がデカイ分ゴブリンの方が倒しやすい気もするけど」
慣れてきたので突進してくるラットに合わせて少し強めに足を振り抜くと、壁に激突したラットは追撃を待たずに毛皮に変わってしまった。
爪先が頭にクリーンヒットしたのが功を奏したようだ。
その代償に、若干足首がズキズキする。
まぁ、どう少なく見積もっても1キロはある肉塊が駆け寄ってくるところを全力で蹴ったんだから仕方ないよな。
だけど、流石に何度も続けるわけにはいかないし、この方法は封印しよう。
「6体目……上がらないか」
もちろん、まだ焦る必要は無い。
5~10体が多いとはつまりテストの点数分布と同じで、盛り上がっているところが5~10なだけ。
平均値も最大・最小値も中央値も分からない。
だから焦る必要は無い。
トップランカーの探索者でもレベル2に上がるのに10体以上要したという人も居る。
頭では分かっていても、焦ってしまう。