13 キラータイガー③(回想 )
なぜ、自分はこんな状態でキラータイガーに向かって行っているのだろう。
そもそもなぜ探索者になろうと思ったんだっけか。
探索者業にまとわりつく死の危険についてはどう言っていたっけ。
そう、たしか。
目の前で、小学校の友達が潰された。
それを隠れて見ていた。
死にたくない!
その日、初めて確認された未確認生物の群れ。
半月程度、強力で凶暴な彼等の脅威に脅えていた。
その日。
学校に現れた未確認生物に対抗できる手段を持つ者はいなかった。
キラータイガーなんて目じゃないほど俊敏で、殺意に塗れたそいつに殺されていく俺たちを助けてくれる人はいなかった。
満足したのか、飽きたのか……
律儀にも校門から出ていったソイツの姿を見てもまだ体は動かなかった。
死にたくない。
生き残った!
心の底から嬉しくて、心の底から安堵した。
死んだ級友を見て、引き戻された。
心の底からわき出る歓喜が腹の底から湧き上がるランチに変貌し、教卓の影で吐きまくった記憶がある。
死にたくない、だけじゃない。死んで欲しくも、ない。
一番大切なのは自分。
次に"家族と友人"、だいぶ下に"知らない人"。
その全てが生きていた昨日と比べれば、自分が生きているだけの"今"は、酷く辛かった。
悲しくて泣いた。嬉しさと安心も多分あったけど。
いざと言う時、他人の助けなんて当てにならない。
当てにできるのは自分か、百歩譲って身内まで。
『モンスターを倒せるくらい、強くなりたい』
探索者という職業が、徐々に認知され始めた。
オリンピック選手顔負けの身体能力を示す動画や御伽噺のようなバトル動画が流れ始めた。
その勇姿に惹かれていった。
『あんなふうになりたいな』
『楽しそう』
まだ、子供が抜けきっていなかった。
今もまだ。
危険な職業?知ってるさ。
なりたくてなったんだ。
死の危険?知ってたさ!
『俺だけはきっと大丈夫』とかいう馬鹿みたいな根拠の無い自信は確かにあった。
でも、強くなるための道は1つしかないとも分かっていた。
協会のHPで死者数を調べても、現実味は正直無かった。
"いつか起こるかもしれない氾濫"のために"今日死ぬかもしれない"迷宮に潜るなんて、馬鹿馬鹿しいか?
それでも、自分の選択が間違っていたとは思わない!
何年も考えて、悩んだ末に出した答えだぜ。
俺以外の誰にも否定はさせない。
たとえその結果が、今の俺だとしても。
『初心者迷宮』の第2層。
弱い迷宮の浅い階層だと侮ったつもりは無い。
キラータイガーの存在は知っていた。
そしてそれが、今の俺では決して勝てない存在だということも。
それでも、来た。
決して無謀な挑戦では無いと判断して、ここに来た。
キラータイガーの発生率が高かったなら、まだ1層に居ただろう。
だが、年に数回というその頻度。
広大な2層のフィールド。出会う確率は限りなく低いと判断して、決心した。
"かもしれない"を恐れすぎると、前へ進めないから。
隕石が頭に直撃することを恐れて引きこもるくらいには愚かしいことだと思う。
実際年に数十万人が出入りするこの迷宮で、去年のキラータイガーの発生件数は3。
遭遇人数18、死亡7。
ギルド職員やDungeon Special Assault Team──通称D-SAT──の救援による討伐2、遭遇者による討伐1。
起こるはずがない、と考えていい数字だった。
10年間、入口だけを眺め続けたこの迷宮。
見る度考え、調べては悩み、ついに足を踏み入れた。
探索者は──比較的には──高確率で死ぬ可能性があるということだって考えてきた。
今この日本で『死ぬかもしれない』を知らない人間は居ない。
統計から算出される確率と自分の能力、運をどう受け止めるかに個人差はあれど、
10年前のあの日、日本中が『死ぬかもしれない』を体験し、実際その半数が死んだ。
死の恐怖、中でもモンスターに襲われ殺される事への恐怖を刻みつけられた。
だから、こうなったとしても全部受け入れる心構えはあった。
後悔だけはしていないし、する気は無い。
だからといって、死ぬ気もない。
つまり……諦める気は、全く無い。
そうだろう?




