12 キラータイガー②
で、だ。
虎の戦い方って何だろう。
トドメを刺す時はどうせ首を食いちぎるんだから、走って体当たりして腕で押さえつけて噛み付く、だろう。
猫のそれなら大した脅威ではないんだけど、猫がネズミなんかにするようなことを虎にやられると思うと寒気がする。
レベル1の俺が今まで避けてこられたのはタイミングを測った目くらましによる妨害のおかげでしかない。
二階層なら強くてもレベル10台だけど、彼らの身体能力を持ってしても虎の俊敏さと無尽蔵のスタミナにはついていけない。
捕まったら抜け出せない。
キラータイガーの毛皮は苦し紛れの剣やパンチ、魔法からその身を守り、最後の抵抗を嘲笑う。
力強いハグからの首筋キスor頭ナデナデで、全身鎧の前衛だってイチコロだ。
俺ならパンチがちょっと頭をかすめるかどこかに噛みつかれれば死にそう。
ならまず、噛みつきを封じないとな。
牙を折ったり口を縛ったりするのはどうせ無理だから、何とかして牙が届かない場所まで逃げないといけない。
どうやって……?
例えば……背中にしがみつくとか?
前脚も届かないから絶対安地じゃないか。
「ははっ!」
馬鹿らしい。
曲芸じゃないんだぞ?
でも、やろう。
転がって下敷きにされそうになったら降りればいい。
とりあえず、背中に乗って…………
「目から脳味噌引きずり出してやる」
眼球なら、ナイフも通るよな?
グルゥゥ、と唸りながら俺ににじり寄るキラータイガーの殺気に押し潰されないよう、声に出して自らを鼓舞する。
キラータイガーとの距離は、大体2m。
立ち止まってフルルル、と唸るそいつに……
「あ、ヤバ」
発光!
走ってジャンプ、ならまだ良かった。
これは、タイミングが分からない……!
ここまで接近されていては、発光は意味をなさなかった。
眩しさに目を瞑っても、キラータイガーの両腕は完全に俺を捉えている。
それでも、なんとか回避は間に合った。
「っ、痛ぅ、ぁ……」
右目の上と右目の下、そのまた下から横に三本。
回避は間に合った。
が、避けきったとは言えなかった。
目くらましがなけりゃ死んでたな。
「グォォァァ……」
再び、ジリジリと近寄るキラータイガー。
顔の右半分を押さえて肩で息をする俺。
「はぁ、はぁ……ヒール」
回復薬は、もっとヤバい傷を負った時に使う。
この程度で使ってはいられない。
「はぁ、はぁ………………これで、お揃いだな?」
キラータイガーの顔には、先程の傷。
ぶっちゃけ突っ込んできて自爆したようなもんだが。
「ああ、お揃いだ…………殺す!」
「グァオ!」
後手に回っては対応できない。
先手をとる。そのために走る。
キラータイガーに攻撃させてはいけない。
それ即ち先手を取られるという事で、死を意味する。
「発光!」
白に染まる視界の中で、僅かに逸れて飛び掛かるキラータイガーと。
その首に鞄の紐を、確かにかけた事を確認した。
▽
ショルダーバッグには紐の長さを調節できる機能がある。
仕組みは言わずもがな、移動する金具によって紐を2重にする部分を作り出しその長さを調整することによって全体の長さが変わる、というものだ。
1本だった紐が金具を越え、2本になる。
限界まで短くすれば1本の部分は無くなり、紐は輪になる。
その"輪"の部分に、上手いこと頭を突っ込んだ。
「おっ……と!」
正直1度では無理だと思っていたんだけど。
だから、対策を怠った。
先程全身で味わったパワー差と体重差、そしてスピード。
助走による増幅分が無くなりはしたが。
今度はその圧倒的な衝撃を、左手1本で受けることになる。
俺の体重、60kg分の重石をつけた状態で。
「つ、あ゛あぁ!!」
あああ。
痛ってぇ!!
腕抜けるかと思ったぞチクショウ。
左肘も脱臼してないのが不思議なくらいの衝撃だ。
「やば」
俺を押さえつけるためのジャンプだった。
なら当然、ジャンプのあと真っ直ぐ走り去っていくはずがない。
首元に感じたであろう違和感も相まってか、キラータイガーは直ぐに急停止した。
当然。
俺は地面に叩きつけられる。
「……はッ!カハッ!」
頭は守った。
全身に鈍い痛みを感じながら、回復薬を飲み下す。
むせて咳き込み、回復薬を吹きこぼす。
「あ……しま、った」
いつの間にか。
その左手は何も握ってはいなかった。
「ガウ?」
呆けてる場合じゃないって!
キラータイガーが……
「う、お、い!」
右前脚の爪で鞄の紐をガシガシやってる。
それダメなやつ!
あれちぎられたら魔力尽きるまでジリ貧なんですけど。
「う、お、おおー……」
声に気迫がのらない。
右足を踏み出す毎に激痛が走るので引きずるようにして、走れないから歩く。
「ヒール、ヒール、ヒール、ヒール」
まあ、まだ一つだけ作戦はあるんだけど。




