10 イレギュラー
「光矢!」
光の矢に貫かれ崩れ落ちた野犬にトドメを指すべく歩み寄る。
右手には拳大の石。
トドメは魔力温存の為に物理攻撃ですることにした。
ゴッ、と鈍い音が響いてドロップの魔石が姿を現す。
手に残った感触が気持ち悪くて、意味もなく拳を開いては握る。
数回の戦闘の末、分かったことがある。
野犬の素早さでは、大体3m位から放つ数本の光矢をすべて避けることは出来ない。
そして、1発でも当たれば、巨大なハンデを抱えた『野犬』の討伐は約束される。
ただ、野犬にとって3mとは助走無しのひとっ飛びで届く距離だ。
タイミングを間違えれば死ぬのは俺。
一応ナイフは持っているけど。
攻撃は魔法、トドメも石なので出番がない。
光弾等で牽制し、光矢を撃つ。
即死しなければ石で殴ってトドメをさす。
猪が出れば岩を背にして突進を避け、頭をぶつけたところに岩で頭をぶん殴る。
直線的で単調な攻撃だからこそ威力は強いが避けやすいし隙が大きい。
イノシシからのドロップは毛皮や牙、猪肉などだった。
野犬からは肉はドロップしないようだが、やはり食べられないからだろうか。
そろそろ昼か、と思って階段の方を向いた途端。
半ば単純作業と化してきた迷宮探索に、予想外の敵が現れた。
「グルルル………」
2層で稀に出現する、準イレギュラーエンカウント。
2層での死亡、重傷事故の全てがこのモンスターによって引き起こされたと言っても過言ではない。
3m程の巨躯に刻まれた黄白の縞模様。口の端から覗く、異常なほど伸びた二本の牙。
それは。
どこからどう見ても、キラータイガーだった。
「うわぁー……怖」
逃げるか?とほんの一瞬頭をよぎった考えを振り払ってキラータイガーと対峙する。
逃げる?ありえない。
全力で逃げたところで背中から食われるのがオチだろう。
だから。
「お前を倒して……俺は高みに登り詰める!」
虎相手に喋りかけるなんて、言ってて恥ずかしい。
しかしその時、確かにキラータイガーが「ふ……面白い」と言った…………ような、気が……
恥ずかしい……
恐怖で頭がおかしくなったか厨二病が再発したかのどちらかだろう。
きっと「シャイニングアロー!」とか言いながらポージングしていたからに違いない。
さあ、どうしよう。
レベル1固定のフィジカルはとても迷宮で通用するレベルではない。
魔術は正直キラータイガー戦で使えるほどではない。
ほぼ詰み状態だが、仕方がないだろう。
想定していたのは『狂猪』までで、3層のモンスターレベルとさえ言われる『キラータイガー』の対策は全くしていないんだから。
ちなみに似たような名前で『赤蛇』がいるが、猪のボアはboar、蛇の方のボアはboaである。
戦闘態勢に入ったキラータイガーが放つ威圧感に。
「これは……マジで、聞いてない……っ」
思わず、そんな焦りを露わにした声が漏れた。
数時間の連戦。
迷宮初心者の、しかもレベル1の体力しか持たない単独探索者の体は限界に近かった。
回復薬は多めにあるが、相手がキラータイガーとなると心もとない。
視界が悪いこの広大なフィールドでは、偶然通り掛かった探索者に助けを求めることは難しい。
かと言って大声を出そうものなら、人の前にモンスターが集まってくるだろう。
状況は、絶望に近い。
「グルォアッ!」