2000年ぶりの怒り
「さぁさぁまずはどの映画から見たいやはり初代ドジーラがいいのかなそれとも敵役としては最強の部類に入るケングゲドラが出る回がいいのか」
こちらを見据える探偵はクセなのか腰を微妙に横に振らしながらノーブレスで言い切る。
「ちょっと待て、俺は」調査を依頼しに来たんだ、とは言わせて貰えなかった。
「ドジーラは嫌なら仮面バッターでどうだろうかバッタに変身した改造人間デーブルースという大リーグ切ってのホームラン打者がその手にしたバットで悪党の頭蓋骨を割り続けて最終的には警察に逮捕されて死刑になるという有名なブラックコメディ特撮映画なんだけど」
「それは、嫌だな……じゃなくて!」
つうか特撮でやる意味がわからん!
「仮面バッターのようなブラックコメディは嫌ならハイトラマンはどうかなL78星雲からやってきたハイテンションなヒーローであまりにもハイテンションすぎて迷惑に感じた人類と敵であるはずの怪獣の利害が一致して共にハイトラマンを倒すって悲劇の特撮映画なんだけど」
コイツの集めている特撮映画は、どうやら違う意味で『特』に別な映画みたいだ。
この時点で、彼をさん付けする気は失せていた。
「ハイトラマンも嫌だとなればこれしかないな機動戦士ランダム不良スーツのランダムは毎日毎日違う美女のパイロットを乗せないと機動しないという特性を持ちしかも操縦中にパイロットに服を脱ぐ事を数度要求するという実にエロイ……」
何だ? 眼前の小男は腰を横に高速で揺らしながら顔を赤くし、口をパクパク動かして……
「ぶはー、ぶはー、すー、はー……あー苦しい!」
……もしかして、息継ぎを全くせずに喋り続けていたとでも言うのか?
「ええとそれでどこまで何を話したんだっけ?」
とりあえず、回れ右。ここを出よう。
が、肩をつかまれ引き留められた俺は、言葉という弾丸を込めたマシンガンの猛威に晒されるのは勘弁願いたかったので、適当に自分の素性と、両親と妹の墓を探している旨を簡潔に告げた。
「マズローアスモダイ昨日調査したアスモダイ家の末裔が君かいいよ幸い君のご両親と妹さんの墓はこのすぐ近くにある何せ徒歩でいける距離だついておいで」
腰を微弱に横に振るのとノーブレスは癖なのか……とりあえず、背を向けた奴についていく。
「それにしても22世紀出身か確かあの世代ではミドルネームは非主流派だったんだろうでも今はミドルネーム持ちが圧倒的に多いからねあぁぼくの名前はアツシレンノスケイシイだよろしく」
いや、どこでその名前を区切るんだ? アツシ・レンノスケ・イシイ、でいいのだろうか?
と言うかなんで、ボロ小屋を出て、立ち止まっているんだ?
「はいそこが君のご両親と妹さんのお墓があった場所だよ」
アツシはそこそこ、と言いつつ、眼前の高層ビルを指差していた。
「おいおい……これはビルであって、どう見たって墓地じゃねえだろう」
「元墓地って言えばわかるかな? 火星と月への殖民だけじゃ圧倒的に土地が不足していてねどこもかしこも墓地は200年ほど前に再開発されて今はここのように高層ビルの群れになってるよ最近では人工的に宇宙空間に居住地を作るスペースコロニー計画も議会で提出されているらしいし」
過去はいらないと言わんばかりに、ガラス張りの高層ビルが太陽光を反射させ、俺を焦がさんと照らしている。
……なんだよ、これ。
墓も、無いって、言うのか?
「ん? ありゃりゃまたカグラの自殺令嬢か」
呆然としていた胸の奥に、その不思議な単語は不意を突いて滑り込んできた。
「なんだ? 自殺令状って、自殺するのに警察とかの令状が現代では必要なのか?」
アツシは目を点にし、あぁそうか、と納得したように一度頷くと腰を横に振り始めた。
「いや令嬢って命令を記した書状じゃなくてお嬢様って意味の令嬢さカグラ家は世界最大の大財閥だし彼女はこの近辺じゃ知らない者はいない自殺魔だから自殺令嬢……すー、はー」
呼吸困難に陥って顔を赤くするアツシを無視し、俺はその自殺令嬢とやらを見て、納得した。
だって、昨日俺の目の前に墜落してきた、あの彼女と同じボブカット、同じ眼鏡、顔立ち、体格、どこかの学校の制服と思しきベージュを基本としたブレザーを着ていたから。
この時代の事を知らなければ、俺は間違いなく彼女を双子だと断定していただろう。
本当に、死なないんだな、この時代の人間は。
「しかし毎日毎日このビルの前に来て何やってんのかな自殺令嬢は」
「なぁ……なんでアイツ、自殺するんだ?」
俺の口からは疑問が自然と紡がれていた。
「だってそうだろ? 現代では誰も死なないんだろう? ならわざわざ自殺したって、痛くて、苦しいだけだろ?」
自殺者の本心はわかるはずもないが、でも、想像なら出来る。
俺が生きていたころだが、自殺していた奴等ってのは、事情こそ色々あったとは思うが、苦しかったからこそ自殺していた、という人間が大半だった。
言い方を変えれば、死を選ぶ事で、様々な苦痛を回避しようとしていたんだと思う。
だが、財閥の娘だったら、それこそ何でもし放題だろう。
金はある。地位も名誉もある。何でも自分の思うがまま。
そして、死なない。
……わざわざ痛い想いをしてまで、自殺する必要性なんて、どこにある?
彼女は、元墓地であった高層ビルの前で俯き、しばらくするとビルを見上げ、入って行った。
「最近は自殺が一種のトレンドだから裕福な人は結構派手に自殺するんだなんせ蘇生保険を気にせずに自殺できるってのは大きなステータスだし」
それを聞いた俺は、彼女が入って行ったビルに向かい、歩を進めていた。
「まぁでも普通は体型とか顔の造りを遺伝子レベルでいじってステータスにしようと思うけどね普通って言うのは一般の自殺者の場合だけどね大きな声では言えないけど自殺令嬢のケースだとってちょっと?!」
ベッドの上でひたすら抗がん剤の副作用に苦しみ、明日には心臓が止まってんじゃないだろうかとビクビクしながら眠りにつき、それでも生きる事を諦めきれずに、活路を求め、知恵を絞った毎日。
広い知識と情報を得ようと、英語を学んだ。フランス語も頑張った。片言だがドイツ語も読み書きなら出来る。
全部、生きるための情報が欲しかったからだ。
苦しくて『死にたい』って言うなら、わかる。
俺だって、冷凍冬眠って手段がなかったら、いっそ楽に死にたいと思ったかもしれない。
だけどな……トレンドだと?! ステータスだと?!
ふざけるなぁぁぁぁっ……!
「おいおいおいおいまさか自殺令嬢にちょっかい出す気じゃないだろうねそりゃ自殺令嬢だから陰口叩くくらいならカグラ家も黙認しているけど直接ちょっかいだしたらどうなるかわからないよ頼むからそんな真似はしないでくれよこの時代の事を知らない君がカグラ家の力なんて知らないと思うけど」
自動扉が開く。
大股で歩を進める俺に対し奥のカウンターに陣取る女性は、気まずそうに視線を逸らす。
「ほらあのお嬢さんだって我関せずって感じで目逸らしてるじゃないマジヤバイんだってカグラ家……ゲホゲホッ!」
怒りと共にエレベーターのスイッチを力任せに殴り付ける。
「ゲホッ……なぁぼくの話聞いているの最悪この街に住めなくなるんだよ?」
そんなの知るか!
『本日は、スカイラーク社のエレベーターのご利用、誠に、ありがとうございます、ご希望の階数を』
「最上階だ!」
叫びに応えた機械は、音も無く、俺達を導く。